最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#166 第十三話「敵が見つかった」


 レイラと別れ、私はレブロンさんとソニアさんと共に指定された席へと移動した。  武術館の中を前世のモノで例えるなら、「P○y○ayドーム」だ。  平坦なところを中心として、階段状に観客席が囲うように設けられている。  前世では平坦な部分が野球グラウンドになっていたけれど、ここではそれが闘技場に置き換わっている……という感じだ。

「あなたも座りなさい」 「ありがとうございます。お隣、失礼いたします」

 ソニアさんに促され、椅子に腰を下ろす。  本来なら使用人が貴族と並んで座ることは許されない。  けれど、武術館は例外だ。  立っていると後ろの観客席の視界を妨げてしまうため、身分に関わらず座らなくちゃいけない決まりになっている。

 私たちの席は最前列だった。  前の人の頭で見えない……なんてことはなく、闘技場が一望できる。

「とても見やすいですね」 「当然よ。この席を取るために大金を払ったんだから」

 こういう席の順序は、貴族たちが学園に支払う寄付金で決まるらしい。  一体どれだけのお金をつぎ込んだんだろう……。

 改めてイグマリート家のすごさを実感する。  前世で言えば富裕層レベルの人たちだもんね。

「レイラの晴れ姿を見られると思えば、大した額じゃない」 「そうね。あなたの言う通りよ」

 薄く笑い、レブロンさんの肩に頭を預けるソニアさん。

 レブロンさんは少し前まで、ソニアさんのこれが演技と勘違いしていたみたいだけど。  誤解が解けた今は、どこからどう見ても仲睦まじいおしどり夫婦だ。

 ソフィーナも家族仲が良くなってから、少しトゲトゲしさが和らいだ気がする。  良かったなと思う反面……ちょっとだけ、うらやましさも感じている。

(って、余計なことは考えないで、今はレイラを見守ろう)

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 親善試合のルールはとっても簡単で、相手に「参った」と言わせるか、線で区切られた場外に出せば勝ち。

 武器は木刀のみ。  突きは禁止。背後、それと首から上への攻撃も禁止。  もちろん木刀以外の攻撃手段も禁止だ。

「来たわ。レイラよ」

 レイラの出番は思っていたよりも早かった。  体を動かすためか、邪魔にならないように髪を後ろで結っている。  普段のふわっとした髪型よりも、より凜々しさが増した気がする。

(ああいう髪型も似合ってて可愛いなぁ……ん?)

 ふと、レイラの対戦相手に目が行く。  試合場所は私たちのいる席からほぼ正面で、手前に対戦相手、奥にレイラという位置関係になっている。  だから、対戦相手の顔までは分からない。

 けれど、私にはそれが誰なのか分かった。  特徴的な赤い髪。  間違いない。

 さっき、レイラを呼び止めた女の子だ。

「――――」 「…………」

 レイラが口を動かしている。  さすがに何を喋っているかまでは分からないけれど、怪訝な表情を浮かべている。  何を話しているんだろ?

 そんなことを考えていると――

「レイラ!」 「頑張りなさいよー!」

 突然、レブロンさんとソニアさんが立ち上がってレイラに激励を飛ばした。  後ろの観客の視線が痛い……!

「お、お二人方とも。他の方の迷惑になりますので、どうかおかけ直しください……!」 「む、すまん」 「なによ、ちょっとくらいいいじゃない」

 レブロンさんは素直に、ソニアさんはぶーぶー言いつつも座ってくれた。  この人こんなキャラだったかなぁ……?

 レイラは苦笑しつつも、手を振ってくれていた。

「それでは、はじめっ!」

 審判役の先生が手を振ると、親善試合が始まった。  レイラは剣をかっこいい感じに構え――剣術のことは何も分からないから、そうとしか表現できない――ている。

 対して、赤髪の女の子は木刀をだらんと下げたままだ。  そういう戦い方もあるのかな、と思って眺めていると。

 赤髪の女の子はおもむろに、木刀を持っていない方の手をレイラに向けた。

 そして。

 ごう! という衝撃と音が鳴り響いた。  息ができないくらいの熱波に、思わず身を縮める。  熱波はほんの数秒ほどで収まり、自然と止めていた息を再開させた。  肺に入ってくる空気がなんだか熱い。

(何。何が起きたの!?)

 状況を確認しようと、顔を上げると。

 レイラの姿がなくなっていた。

 代わりに、レイラが立っていた場所にいたのは。  火柱を上げる、人型の

「レイラ……? ねえあなた、レイラはどこ?」

 震える声で、ソニアさんがレブロンさんの裾を引っ張っている。

「っ!」

 私は火柱を上げる何かが、であると認識する前に柵を乗り越えて闘技場に入った。

 先生達も何が起きているのか分からない、といった様子でとても困惑している。  生徒も言わずもがなだ。悲鳴を上げて方々に散っている。  その流れに逆らうように、火柱の元へ急ぐ。

「あああああああ! ああああああああああああ!」

 火柱が悲鳴を上げている。  聞き慣れた声とはまるで違う、別人の絶叫。  それが逆に動揺を最小限に抑えてくれた。

 降りた際に取ってきた布を、火柱に向かって叩きつける。

「消えて、消えて、消えて、消えて、消えて、消えて、消えて、消えて――――!」 「ああああああ、あ、 あ…………」

 体のあちこちが痛い。  けれどそれよりも、心が痛かった。

 レイラなにかは私が守ると言ったのに。  ソフィーナとの約束を破ってしまった。

「ああ……あ」

 レイラの声が、徐々に小さくなっていく。  いくら布で叩いても、火は消えなかった。  まるでレイラの命そのものがガソリンにされて、燃え尽きさせようとしているみたいだ。

「お願いです神様! レイラを助けてください! ソフィーナをこれ以上、苦しめないでぇ!」 「貸すんだ!」

 遅れてやってきたレブロンさんが、私から布を奪い取る。  私よりも強い力で炎を消そうと躍起になるが、まるで意味をなさない。

「あ……、   あ、 あ」

 やがてレイラは、声を出さなくなった。

 どうして。  どうしてこんなことに。  ルート選びは合っていたはずなのに。  それとも、私が介入したことでシナリオが変化した?

 私が……間違っていた?

 亡骸になったレイラにすがりつくレブロンさんとソニアさん。  幸せいっぱいの家族を、私が壊した。

 私が。  私が。  私が。

 絶望と無力感で項垂れていると、背後から声がした。  赤髪の女の子だ。

「あんたが……あんたが悪いのよ」

 ▼ ▼ ▼

<ソフィーナ視点>

「……以上だよ」

 ノーラは見聞きしたすべてを話しきってくれた。  途中で時折思い出したように泣き出したり、嘔吐えずいてつっかえたりしたのでかなり遅くなってしまい、気付けばもう夜になっている。

「ごめんなさい」 「謝る必要なんてない」

 初見で死亡イベントを避けるなんて無理だ。  今回のように、あれは何の脈絡もなく起こる。

 大切なのは、「なぜ起きたか」を突き止め、「どうすれば防げるのか」を探すこと。  それさえ分かれば対処できる。

 そして、ノーラの話にはそのためのヒントがたくさん眠っていた。  私一人では絶対に得ることのできない、本当に貴重な情報だ。

 ノーラは「赤髪の女の子」としか言っていないが、それが誰かはすぐに分かった。

 武術館に入る前、お姉様はこう言っていた。

 ――お父様たちに何か言われたの? 別に大丈夫だから

 咄嗟に庇おうとしたノーラの動きから、「こいつには気を付けろ」と特別に注意を受けたと思ったのだろう。  そんな勘違いをしても仕方のないような相手。

 イグマリート家とよろしくない関係にいる間柄で、かつ顔見知り。  考えられるのは、一人しかいなかった。

「お姉様を殺したのはセラ・フィンランディだ」

 四大公爵家の一つであり、イグマリート家の因縁の相手。  魔法分野で多大な功績を残していて、一家は全員魔法使い。  もちろんセラも例外ではない。

 彼女の適性魔法は――炎。  使った魔法から見ても、彼女で間違いないだろう。

「ノーラのおかげですぐに犯人が分かった。ありがとう」 「うぐ……ひぐ……」 「ほら。もう泣き止めって」

 予備を含めたハンカチを使い切ってしまったが、それでもノーラの涙は止まりそうにない。

(一人にするのは危ないな)

 話を聞く限り、自責の念が強く出ていた。  こういうとき、人間はとにかく自分を攻撃してしまう。  私も何度か経験済みなので、こういう時の対処法も理解しているつもりだ。

 とにかく一人にさせないこと。

「ノーラ。今日は一緒に寝よう。な?」 「ちょっと待ちなさぁぁぁぁい!」

 ばん! と扉が開いて、お姉様がやってきた。  こんな時間にどうしたんだろう。

「どうしたんですかお姉様?」 「もうすぐ夕食だから呼びに来たのよ。それよりも、一緒に寝るですって?」

 お姉様はずかずかとノーラの元にやってきて、彼女に指を突きつけた。

「使用人と主人が同じベッドで寝るなんて、許さないわよ」 「……もちろん承知しています」

 力なくノーラは頷く。  お姉様の言い分は正しい。  正しいのだけど、今のノーラを一人にする訳にもいかない。

「あの、お姉様。ノーラはちょっと事情があって。今日だけは一人にさせられないんです」 「ダメよ」 「お願いします。一日だけ」 「ダメ! どうしてもと言うのなら」

 ばん! とお姉様は自分の胸を叩いた。

「私がこの子と一緒に寝るわ!」

 ん?  なぜ???

「一人にさせられないから一緒に寝るんでしょう?」 「それは……はい」 「なら、その相手がソフィーナである必要はないわよね?」 「まあ……そうなりますね」

 私とノーラが必要以上に仲良くすることは、お姉様的には嫌らしい。  しかし、ノーラのただならぬ様子を心配はしてくれている。

 その上での折衷案が「自分がノーラと寝る」らしい。

「う……うわあああああん……レイラお嬢様ぁぁぁああああ」

 お姉様の優しさをノーラも理解したらしい。  止まりかけていた涙がまたあふれ出し始めた。

「……この子、本当に大丈夫なのよね?」 「だいじょーぶですよ。私が見つけた逸材ですから」

 お姉様の視点だと、ノーラは出会ってからずっと泣きっぱなしだ。  ……まあ、すぐに挽回できるだろう。

 ▼

 ノーラのおかげで、今回の敵が見つかった。  あとは『なぜ彼女が敵になったのか』を調べ、その理由を消す。

 今まで無害だった彼女が、どうして豹変したのか。  これからそれらを、すべて暴いてやる。

「攻略してやるぞ。親善試合イベント……!」