最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#167 第十四話「ムッ」


 かつてのクレフェルト王国には、公爵家は三つしか存在しなかった。  ホームホール家、ヴァレンティ家、そしてフィンランディ家。

 彼らは国益のためと、手を取り合っていた。  その実態は、『既得権益を保持し続ける』という共通の目的のため、互いを利用し合う関係だった。  腹の中では互いを嫌いつつ、表面上はにこやかに握手をする関係だ。

 そこに新たな公爵家が現れ、均衡は崩れることとなる。  現れた四つ目の公爵家こそが、私たちイグマリート家だ。

「――とまあ、そういう経緯があって、他の公爵家とは仲が悪いんだ」

 特にヴァレンティ家とフィンランディ家の、イグマリート家への恨みは相当なものだ。  その問題が引き金となるイベントも、これから先に控えている。

「そうだったんだね」

 時間軸は少し進み、私とノーラは露店に来ていた。  いつも通り賑わう人混みをかき分け、道を進む。  本来の目的は例の鉱石を探すため――なのだが、今日は違う。

 今日の目的はずばり、「ノーラとセラを引き合わせる」だ。

 ▼

 ノーラのおかげで今回のイベントにおける犯人は分かった。  ――が、私は実際にセラの犯行現場を見ていない。

 お姉様が亡くなる場面に奴もいたらしいが、確認できなかった。  状況証拠で九十%セラの犯行に間違いないが……これで犯人が違っていましたとなると、すべての予定が狂ってしまう。  念には念を入れ、一度、セラの顔をノーラに確認してもらうことにした。

 しかし、何度も言っているようにイグマリート家とフィンランディ家は仲が悪い。  イグマリート家の次女である私がフィンランディ家長女のセラに会いに行く。  それだけでちょっとした事件だ。

 後先考えず、フィンランディ家に押し入ってノーラにセラを見てもらう――という作戦もいいが、あの家に侵入するのは骨が折れるし、いざ侵入して「出かけてます」だと何度かループすることにもなる。

 なら、前回偶然出会ったこの場所で待っているのが一番効率的だろう、という考えに至った。

「という訳で、今回は鉱石探しはなしだ」 「わかったよ」

 露店の端の道ばたに、並んで座る。  前回はここで下を向いていたら、セラが声をかけてきた。

 あれが必ず起こるのかは分からない。  平民を路傍の石と思っている彼らのことだから、数百回に一回の気まぐれだったのかもしれない。  まあ、起きなければそのときはそのときだ。  改めて別の方法を考えればいい。

「そろそろだ。大丈夫か?」 「うん。もう引きずってないよ」

 ぐっ、と拳を握るノーラ。  ループから戻って一週間ほどはかなり酷い状態だったが、今は平静を取り戻している。

 しかし、一度刻まれたトラウマはそう簡単に消えるものではない。  ふとした瞬間に表層に出て、酷い状態に逆戻りすることも考えられる。

(私も、慣れるまで相当かかったからな)

 まだ青かった頃の自分を思い出す。  あの経験はノーラに味わってほしくない。

 もし、セラの顔を見てあのときの恐怖がフラッシュバックしたら――。  そのときは迷わずループを発動させる。

 そして、親善試合イベントには一切関わらせない。

「――来た」

 豪華な馬車が道の端に見えた。  車体の側面には、杖に絡みついた蛇を描いた紋章。  間違いなく、あの馬車にセラが乗っている。

「下を向いててくれ。なるべく気分が悪そうに」 「うん」 「会話は私がする。セラだと確認できたら、手を握ってくれ」 「わかった」

 二人で俯いていると、馬車が近くで停まる音がした。

「あなたたち。気分でも悪いの?」

 前回と同じように、セラが声をかけてきた。

「歩き疲れて休憩していただけです。心配してくれてありがとうございます」 「心配なんてしてないわ。そんなところにいたら邪魔になると思……ん、あなた」

 私の顔を見下ろすように、目を細めるセラ。

「どこかで見たことあると思ったら、レイラの妹じゃない」

 セラが視線をノーラに移す。  そのタイミングで、ぎゅう――と、ノーラが手を握りしめてきた。

 親善試合でお姉様を焼き殺したのは、セラで間違いないようだ。

「てことは、そっちのメイドはあなたの専属使用人かしら」 「そうです。二人で露店を回っていたら、つい楽しくなっちゃって」 「使用人を連れ回してへばるなんて、人の使い方がなってないわね」 「あはは。返す言葉もありません」

 ……ノーラの手が、じっとりと汗ばんで小刻みに震えている。  ノーラの主観だと、ほんの数週間前に人を殺した奴がのうのうと目の前にいる状況だ。  自分を守る術のない彼女にとっては恐怖以外の何物でもないだろう。

 特定は完了した。  さっさと会話を切り上げよう。

「そういえば聞いたわよ。レイラからオズワルド殿下を奪ったんですってね」 「はいっ。運命の出会いでした」

 ごふっ。  胃液の味を喉の奥で感じながら、恋する乙女の顔を演じる。

「……頭の中にお花が咲いているみたいね。貴族の結婚がどういうものなのかも分からず可哀想に。ま、殿下のお相手ならあなたくらいがお似合いだわ」 「ありがとうございます。殿下に相応しい相手となれるよう、日々勉強しています」 「皮肉が通じないなんて滑稽ね。座学以外の勉強もした方がいいと思うわよ」

 見当外れの回答をしていると、セラは呆れたように肩をすくめた。  ノーラの手の震えが、徐々に大きくなってきている。

(もうすぐ終わるからな)

 私は安心させる意味を込めて、ぎゅ、と手を握り返した。

「あーあ。無駄な時間を使っちゃったわ」 「ご心配ありがとうございます」 「だから違うって言ってるでしょ。あなただと分かっていたら声なんてかけなかったわ」

 忌々しいものでも見るかのように、セラが私を見下ろす。

「じゃあね。レイラ妹」 「はい。さようなら」 「……はん。本当に張り合いのない子」

 ひらひらと手を振ってセラを見送る。

「行ったぞノーラ。……ノーラ?」

 セラが離れても、ノーラは手を震わせたままだった。  恐れていたこと――トラウマの再発――が起きたのかと、私は慌てて彼女の顔をのぞき込んだ。

「おい、大丈夫か!?」 「ソフィーナ……どうしよう」

 ゆっくりと顔を上げるノーラ。  その表情は、これまで見たことのないものだった。

 目は細められ、口は真一文字に結ばれ、眉間にはシワが寄っている。  有り体に言えば、怒りの表情だ。

「あの人、すっごい……むかつく」 「え?」 「一言言わないと気が済まない。ちょっと行ってくる」 「あ、おい!」

 恐怖しているのかと思いきや、ノーラはムッと怒った表情に変わっていた。  すっと立ち上がり、セラの背中をずんずんと追いかける。

「あの!」 「……?」

 ぶつかるかと思うほどの至近距離で、ノーラがセラを呼び止めた。

「レイラ妹の使用人。なに?」 「ソフィーナお嬢様は素晴らしい方です」 「は?」

 唐突なノーラの言葉に、セラは虚を突かれたように口を開けた。  ノーラの口上は続く。

「本当のお嬢様は努力家で、自分が傷つくこともいとわず大切な人のために行動できる方です。普段お嬢様が見せているのは、たくさんある中のほんの一面にしか過ぎません。それを見ただけで、お嬢様のすべてを知った気になることは聡明な方のすることではないと思います」 「……」 「先ほどのソフィーナお嬢様を愚鈍だと嘲笑うような発言と態度。専属使用人として絶対に見過ごせません。撤回してください」

 呆けていたセラの顔に、朱が混じる。  遅まきにノーラの言葉が、抗議だと理解したらしい。

「このっ……使用人風情がぁ!」

 大きく広げた手を振りかぶるセラ。  それがノーラの頬を叩く前に身体を割り込ませ、セラの手を受け止める。

「邪魔するなレイラ妹!」 「落ち着いてくださいセラさん。ここで私とセラさんが騒動を起こせば、ことは私たちだけの範囲では済まなくなります」

 フィンランディ家の長女が、イグマリート家の次女と騒ぎを起こしたとなれば両親も出ざるを得ない事態となる。  しかもここはイグマリート家の領地だ。  事態が発展した場合、不利になるのはセラの方だ。

「……っ」

 セラが周辺を見渡す。  何か騒ぎが起きているのかと、野次が遠巻きに様子を伺っている。  それを確認させてから、改めて頭を下げる。

「使用人の無礼な発言をお許しください。ここはどうか、私の謝罪で納めていただけませんか?」 「……ッッッ」

 ぎり、と歯が軋む音がセラの唇から漏れてきた。  ノーラへの怒りを晴らすことと、それをしたことで起こる不利益を天秤にかけているのだろう。

 数秒の逡巡のあと、天秤が傾いた。

「フン! 本当にいけ好かないわね! あんたも、あんたの使用人も!」

 捨て台詞を吐き、セラはきびすを返した。  地面にヒビでも入るんじゃないかと思うほど強く地面を踏みつけながら、馬車の中へと戻っていく。

 ……なんとか、騒ぎにならずに済んだ。

 ▼

「ああああああ……やっちゃったよぉ……」

 家に帰ってきてからずっと、ノーラは凹んでいた。  洗いすぎてヘナヘナになったぬいぐるみのように、椅子にへたり込んでいる。

「ソフィーナのこと何にも知らないのに、あんな風に言うセラさんが許せなくて……でも結局、ソフィーナに迷惑かけちゃった……本当にごめんなさい」 「何事もなく納まったからいいよ。それに……」

 あの温厚なノーラが、怖いはずの相手に向かってあそこまで啖呵を切った。  私のために、怒ってくれたんだ。  迷惑をかけられたといえばそうだが、正直、私は嬉しかった。

 あの時のノーラは、まるでお姉様みたいだった。

「それに?」 「……。ひとつ、分かったことがある」

 そのまま言うのは照れ臭かったので、さりげなく話題を切り替える。

「セラは感情に任せて暴挙に出るような奴じゃない。少なくとも、挑発されたくらいではな」

 フィンランディ家は貴族と平民をはっきりと区別している。  平民は貴族に絶対服従が当たり前の価値観の中、ノーラに、私の目の前で口答えされた。

 セラにとっては最上級の侮辱だと感じたはずだ。  ――にも関わらず、起こした行動は平手打ちだけ。

 説得にも応じてくれたので、母のようにいっときの激情が損得勘定を上回ることもないと言えるだろう。

「ってことは……?」 「セラがお姉様を殺したのは感情に任せた怒りじゃない。もっと別の何かが原因だ」

 少なくとも、衆人環視の中でお姉様を殺すに至るほどの『何か』があったはずだ。  それを突き止めることができれば、親善試合イベントはクリアできる。