「バカなことを言うな」 「あうっ」
ノーラの額を指で押すと、可愛らしい悲鳴が聞こえた。
「お前は私の専属だ。どこにも出す気はない」
ノーラはあの家の誰とも関わったことがなく、顔が割れていない。 同時に、こちらの事情をすべて理解してくれている。 現状では最適な方法――と言えなくもないが。
だからこそ、私は首を横に振った。
「けど、他に案はあるの?」
額で私の指を押すような形で、ノーラは一歩前に出た。 指と額で、押し返す力が拮抗する。
「……ない」 「なら」 「いま思いついてないだけだ。他に方法はいくらでもある」
十一歳時点の私の力は限られている。 大人たちに顔は利かない。 情報屋を使えるほどの信用もない。 魔法も、威力の弱いものなら倒れなくて済むようになった程度。
それでも、他に方法はあるはずだ。
「私はソフィーナの専属使用人。ソフィーナのためになることをしたいの」 「……」 「うわっ」
私が指を離すと、力の均衡が崩れ、ノーラが前につんのめる。 そのままベッドに、ぽすん、と顔から突っ込んだ彼女に対し、
「そう思うなら、私の隣にいろ」
それだけ言い放ち、私は部屋を出た。
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ノーラに頼らず、なんとかセラのことを調べなければ……。
(前もこんなことがあったな)
あの時は私が「自分の境遇を理解してもらえてる」なんて思い込んで、勝手に傷ついて、自分本位で絶交しただけ。 ……思い返すだけで恥ずかしい。 ニホンの言葉を借りるなら、ちょっとした黒歴史だ。
状況は似ているが、今回ノーラを頼りたくない理由は以前とは違う。 単純に、フィンランディ家が危険だからだ。
あの家は二種類の方法で人間を区別している。 貴族か、平民か。 魔法使いか、それ以外か。
貴族であれば話を聞く。 平民であれば下に見る。 魔法使いなら一目置く。 そうでないなら無視をする。
貴族、かつ魔法使いというだけで扱いは一変する。 私も過去のシナリオでは、魔法の実力を付けるたび「婚約者になれ」と粘着されたことを思い出す。
ノーラは平民、かつ魔法が使えない。 フィンランディ家の価値観と照らし合わせると――無価値、と判断される。 無価値。つまりはどんな扱いをしてもいい。 他の人間の目の届かないあの家の中では、何をされてもおかしくない。
「目線が気にいらない」という理由で理不尽に暴力を振るわれる……なんてことだって、本当にあり得るのだ。
ノーラは見た目以上に強い心を持っているが、だからといって危険に晒して大丈夫とは言えない。 人間の心は、本当にふとした拍子で壊れてしまう。 そして壊れたら、二度と元には戻らない。
他の人間ならループすればリセットできるが、ノーラはできない。 もし彼女の心が壊れるようなことがあれば……完全な「詰み」だ。
ノーラを守るためにも、絶対に他の方法を思いつかなければならない。
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そうは思っているものの、何も案は思い浮かばないまま時間だけが過ぎていく。
「ねぇソフィーナ。一回だけ、お試しでいいからやってみよ?」 「やかましい。早く行け」
時系列は少し進み、私たちが今いる場所は露店のある通り。 交代で休憩を取りながら、例の杖のパーツとなる鉱石を探している真っ最中だ。
あれからノーラは何度も「自分が潜入する」という提案をしてきている。 それを突っぱねつつ、他の案を探し、時には試しているところだ。
しかし今のところ解決の目処は立っていない。
露店が途切れる境目の端に座り込み、休憩時間を利用して思考にふける。
(やっぱり私が潜入するしかないか? いや……)
フィンランディ家の潜入難易度は段違いに高い。 他の家は警備兵に注意すればいいが、あの家の家人たちはみな魔法に長けており、下手な警備兵よりも強い。
(くっそ。杖さえあれば……)
ノーラの義父であるボルガさんと出会ったことで、完成の期間は少し早まるかもしれない。 それでも「少し」だ。今日明日でできるようなものじゃない。
(何か案何か案何か案何か案……)
本来のシナリオなら、今の時点でイグマリート家は私の支配下になっていた。 浮気をネタに父を脅す、という方法で。 父を通して情報屋を使うことだってできた。
今のルートでは、父との関係は良好。 しかし、以前ほど強制的な命令はできなくなっている。
ノーラの案を否定したいのに、考えれば考えるほどそれが最善に思えてしまう。 ただ一点、ノーラが傷つくかもしれない、とい可能性に目をつむれば。
「……。――っ! ねぇ、あなた!」 「!?」
急に揺さぶりをかけられ、私は我に返った。 目の前には、セラがいた。
(なんでこいつがここに……?)
戸惑う私に、セラは不機嫌そうに腕を組んで見下ろしてきた。
「さっきからずっと声をかけてたのに。この私を無視するなんて良い度胸じゃない」
どうやら私が思考にふけっている間に彼女が来て、いつものように声をかけてきたらしい。
「すみません。ちょっとボーッとしてて」 「は。これだからイグマリートの人間は」
吐き捨てるセラ。 彼女の顔を見て、ピンと来た。
(直接聞けばいいんじゃないか?)
何も、セラのすべてを知る必要はない。 なぜ、あの時お姉様に魔法を使ったのか。 それさえ分かればいいのだから。
「あの、質問してもいいですか?」 「なによ」 「お姉様のこと、どう思ってます?」
――どうしてお姉様を殺すんですか、とは言えない。 この時間軸では、あの事件は起きていないのだから。 なので若干遠回しな言い方になってしまった。
「はぁ? なんでそんなことをあなたに答えなくちゃいけないの」
お姉様のことを尋ねると、セラは露骨に顔を歪めた。
「もうすぐ学園に入る時期ですし。お互いの家のこともありますし、温度感というか、そういうのを知っておきたいなと思いまして」 「学園に入ってもいないあなたに言う必要はないわね」 「私が入学する時も同じ状況になるので。ほら、ルシアンさんと私、同い年じゃないですか」 「だったら入学してからレイラに聞けば? どうしていま私に聞くのよ」
案の定というか、セラはなかなか質問に答えてくれなかった。 諦めてたまるか、と、しつこく食い下がる。
「両方からの話を聞いた方が中立な判断ができるかなって」 「……ははあ。分かったわ」
鬱陶しそうにしていたセラが、何かを閃いたようにニヤリとする。
「さっきからいろいろ言い訳してるけど、要はレイラと話ができないくらい仲が悪いってことでしょ」 「……え」 「ま、ありがちな話よね。レイラの苦労が窺えるわ」
貴族の姉妹は仲が悪い――なんていう定説がある。 商人は長男だけを優遇する……というように、兄弟や姉妹で格差を付ける育て方はそれほど珍しいことではない。 娘の婚姻が領地拡大のための戦略に組み込まれている貴族は、姉か妹、優れた方を集中的に可愛がって育て、そうでない方は切り捨てることがある。 子供二人を平等に育てられる財力のない弱小貴族は、そうやって今の地位を維持しているのだ。
なので、姉妹仲が悪いという説は、完全な的外れというわけではない。
セラが私とお姉様の完璧なる相思相愛を勘違いするのも無理からぬことだ。
非常に腹立たしい勘違いだが、セラが気付けるはずもない。 私がフィンランディ家の内情を調べられないのと同様、セラもイグマリート家の内情を知りようがないのだから。
「言っておくけれど、オズワルド殿下の婚約者になったからって調子に乗らないことね。いつか足下をすくわれるわよ」 「――――――――。ご忠告ありがとうございます。これからも勉学に励みます」 「……はん。張り合いのない子」
お決まりの台詞を言ってから、セラはきびすを返した。
(これだ)
今の会話で得るものはほとんど無かった。 しかし、大きな手応えを感じていた。 この時間を使えば、ノーラに頼らずにセラのことを調べられる。
何度かループして、核心的なことを聞けなかったら――その時は改めて実力行使に出ればいい。 一対一、かつイグマリート家ならば地の利はこちらにある。 不意をつき、制圧して、尋問する。
殺すわけじゃないから、ノーラもこの方法なら納得するだろう。
「ソフィーナ。買えたよ~」
セラと入れ替わるように、鉱石を抱えたノーラが戻ってくる。
「こないだと同じ場所だったよ。時間もぴったり」 「珍しいな」
鉱石の商人は、無作為に出現する。 時間は同じでも場所が違っていたり、場所は同じでも時間が違っていたり。 場所も時間も同じ、というのは私も一回経験したかどうか……というレベルだ。
セラについての解決策を思いついた直後に、滅多に起こらない珍しい出来事が起きた。 全く無関係だが、この方法が正しいと誰かが言ってくれている気がした。
「ノーラ。いきなりで申し訳ないが、ループしよう」 「えっ。なんで?」
私は、セラと直接話をする作戦を説明した。
「――という訳だ」 「直接聞いて、それで答えてくれるものなの……? レイラのことをどう思ってるかなんて、それこそすっごく信頼してる人にしか打ち明けないような……」
ノーラの疑念は的を射ていた。 セラは用心深い人間だ。今までのシナリオを思い返してみても、親しい友人はいなかった。 公爵家なので多少は下心ありきで近づく人間もいたが、みな追い払っている。
そんな人間に対し、敵のことをどう思っているかなんて、それこそ腹心レベルの信頼がないと打ち明けないだろう。
「そこはまあ、私の口のうまさにかかってる」 「口のうまさでどうにもならないと思うけど……」 「いいからいいから」 「ねぇ、やっぱり私の案の方がいいんじゃない?」 「あーあー聞こえない」
自分の案を推すノーラから逃げるように、私はきびすを返した。
「『戻れ――』」
▼ ▼ ▼
時間軸がセーブポイントまで巻き戻る。 お姉様の行動に萌えを見出し、倒れた格好のノーラ。 ノーラを両手で支える私。 そんな私たちを取り囲む家族たち。
……どうしてこんな間抜けな場面がセーブポイントになってしまったのだろう、と、戻るたびに首を傾げてしまう。
「そういう訳で、これからノーラのことをよろしくお願いしま――」
いつもの定型句で誤魔化そうとした私の目の前に、運命は唐突に出現した。
『ノーラをフィンランディ家に潜入させますか?』 はい いいえ
――は? 今までになかったタイミングでの選択肢の出現に、思考が硬直する。
「――。ソフィーナ、ごめん!」
同じく硬直していたノーラだったが、彼女の方が一瞬だけ復帰が早かった。 私の手を掴み、ウインドウの一点を無理矢理押させた。
『ノーラをフィンランディ家に潜入させますか?』 →はい いいえ