<ノーラ視点>
ソフィーナと別れてすぐ、私はフィンランディ家の使用人募集に応募した。 私以外にも応募者がいたみたいで、採用試験は五人一組で行われた。 やっぱり倍率高いのかな……。
(不安になっちゃダメ! これくらい余裕で突破しないと)
弱気になる自分の頬をペチンと叩く。
「それでは、ただいまより試験を開始します」
ラッキーなことに、筆記試験は簡単だった。 前世で言うところの中学生レベル。 すらすらと解けた。
「では次」
筆記試験のあとは実技試験。 お茶を入れたり、ベッドメイキングをしたり、試験官を貴族と見立てて話し方をチェックされたり。
ちょっと緊張したけれど、イグマリート家でたくさん練習したおかげで、これも難なく突破。 そして最後に面接。
「当家に応募した理由をお聞かせ願おうか」
まるで就職面接みたいだ。 前世でリクルートスーツを着て、暑い中色々な会社を駆け回った時のことを思い出す。 しんどかったなぁ……。
「――よろしい。下がりなさい」 「失礼いたします」
結果は、全員の面接が終わった直後、その場で言い渡された。
「合格者――ノーラ」
やったぁ! と、ガッツポーズを取りたいところをぐっと堪え、済ました顔でお辞儀をした。
「ありがとうございます」
こうして、私はフィンランディ家長女セラの専属使用人となった。
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その後はとんとん拍子で話が進んで、私は今日からフィンランディ家に住み込むことになった。 セーブポイントから少し時間が進んでいて、入学式までそれほど日がないから、スムーズなのはこちらとしてもありがたい。
ソフィーナからは「入学式の朝になったらループをする」と言われている。 タイムリミットは十日ほど。 それまでに目的を果たさないと。
「メイド長のライザです」 「ノーラと申します。よろしくお願いします」
ライザさんは切れ長の目をした、いかにもなメイドさんだった。 年齢はたぶん二十の後半くらい。ベテランさんな風格をビシビシと感じる。
「まずは当屋敷の施設を案内します。その後、セラ様と顔合わせをしていただきます」 「はいっ」
私がここに来た理由は、セラがレイラを傷つけた理由を探ること。 今までは避けるだけだったのに、どうして魔法を使ってあんなことをしたのか。
――主目的はそれだけども、だからと言って仕事を蔑ろにしていいワケじゃない。 むしろ「使える奴」と思ってもらった方が信頼を得られるし、話を聞きやすくなるかもしれない。 仕事で成果を出すことと、私の目的は一致している。
なら、とりあえずは目の前のすべきことに全力を出そう。
「まず、当家は大まかに四つの施設に別れております。本館。離れ。魔法館。使用人詰め所」
本館はフィンランディ家の人がふだん使っている家。 離れは一応本館と同じ扱いだけど、使ってる人は少ないみたい。 魔法館は魔法の訓練所。同じような広場が外にもある。 使用人詰め所は私たちが寝泊まりする場所だ。
他に細々した施設として、倉庫とか厩舎とか馬車保管庫とかがある。 基本的にはイグマリート家とそれほど変わらなくて、場所や広さがそれぞれ違うくらいだ。
イグマリート家本館の正面には綺麗な庭園があったけれど、フィンランディ家は広いグラウンドが設けられている。 屋外で魔法の練習をしたり、模擬試合をするときはここを使うらしい。
(……スイレンさんもここで戦ったのかな)
レイラの元家庭教師・スイレンさん。 彼女がレイラにしたことは絶対に肯定できない。 けど、その境遇には同情してしまう。
「あなたはセラ様のお付きになるので、本館を重点的に案内しましょう」 「ありがとうございます」
ある程度施設の概要を把握できたところで、ライザさんは本館へと足を向けた。
「――あなたはフィンランディ家のことを、何か聞いていますか」
本館の扉に手をかけた姿勢で、ライザさんがふとそんなことを聞いてくる。
「……魔法の発展に尽力しているお家だと伺っております。フィンランディ家の皆々様がいらっしゃらなかったら、魔法後進国のクレフェルト王国は他国と埋められない差をつけられ、今日存在していないとも言われています」 「他には?」
他。 ソフィーナから聞いた話はあるけれど……ここでは言えそうもないことばかりだ。
「いえ、特には」 「そうですか。ではあらかじめ伝えておきます」
肩越しにこちらを見るライザさん。
「彼らのすべてを肯定しなさい」 「肯定?」 「そうです。黒いハンカチを見せられても、彼らが白と言えばそれは白なのです」
イエスマンになれってことかな。 そのくらいなら、お茶の子さいさいだ。
「いいですね。ノーラ」 「承知しました」
私が頷いたことを確認してから、ライザさんは本館への扉を開いた。
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「む!」
本館に入るなり、男の子と目が合った。 この子は前のループで出会っている。
フィンランディ家次男、ルシアン。 年齢はソフィーナと同じ十一歳。
「ルシアン様。ご機嫌麗しゅう――」 「ライザ! そいつは何者だ!」
一礼するライザさんを遮って、ルシアン君は私を指差した。
「彼女はノーラ。セラ様の専属使用人です」 「姉上の?」 「ええ。もうすぐ学園に通われるとのことで、旦那様の命で雇うことになりました」 「ふーん」
ずいっ、と顔を近づけてくるルシアン君。
「初めまして、ノーラと申します。以後お見知りおきを」 「姉上の専属なら、僕の遊び相手になることはないな」
しばらく私を凝視したあと、急に興味を失ったようにそっぽを向いた。 ソフィーナはこの子のことをかなり毛嫌いしていたけれど……今のところ、あまり悪い印象はない。
ちょっとやんちゃで、どころなくオズワルドを思い出させる。 ……あ、だから嫌ってるのか。
「ライザ! 僕の専属使用人はいつ来るんだ!」 「ルシアン坊ちゃまが学園に通われるのは二年後なので、その頃ですね」 「長いぞ!」 「おっしゃる通り、長いですね」 「ふん! つまらないな!」
ルシアン君がごにょごにょと何かを言うと、彼の足下に風が巻き上がった。 魔法だ。
ソフィーナは滅多なことで魔法を使わない――体ができてなくて反動がしんどい、と言っていた――ので、かなり新鮮に見えた。
ルシアン君は足下の風に乗って、ものすごいスピードで廊下の向こう側へ消えて行った。 まるで氷の上を走るスケートみたいだ。
「……」
文字通り風のように去って行ったルシアン君。 風に弄ばれて乱れた前髪を整えながら、ライザさんが息を吐いた。
「――今のように、ご家族の方々の言葉は肯定してください。反論は禁止です」 「承知しました」 「では、本館の中を案内します」
ライザさんの後ろをとことことついて行く。 ソフィーナは「あの家の人間はやばい」と言っていたけれど、今のところそんな様子は見られない。
(ソフィーナも実際に潜入したことはないって言ってたし、話を盛られたのかもね)
少しだけ張っていた肩の力を緩めながら、次の部屋に繋がる扉を開いた。
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次の部屋は、いわゆる応接室だ。 貴族のお屋敷にしては小さめ――と言っても、前世換算で十畳以上はある――の部屋で、お客さんとの商談とかに使われる。
そこに、先客がいた。
「あ、ライザ~」 「リネア様。ご機嫌麗しゅう――」 「ライザ聞いて聞いて~!」
ライザさんを見るなり、飛びついてくる小柄な女の子。 フィンランディ家次女、リネア。
名前はソフィーナから聞いていた。 どんな子かと聞くと、「たまに突っかかられるけどあまり覚えてない」とのことだった。
リネアはソフィーナよりも年下。 もちろん、さらに年齢が離れたレイラとの接点はほとんど無い。 相変わらず、レイラに関係していない人のことは覚えない子だ。
ソフィーナ的には長男と次男の印象が強くて、女子の印象はとっても薄い。
――けど、私にとってリネアは初対面で忘れられないほど強烈な印象を与えてきた。
「こいつに爪のケアを頼んだんだけど、見て! 血が出ちゃったの!」
年齢相応に甘えるリネアが指差す先には。 水で手足を拘束され、空中で磔にされるメイドがいた。
「これは酷いですね。さぞや痛かったでしょう」 「うんうん! すっごく痛かったし怖かった! だからこいつにも私が感じた痛みと怖さを味わってもらってるの。自分がどれだけ酷いことをしたのか、ちゃんと躾ないと、と思って!」
リネアが呪文を唱えると、磔にされたメイドの頭の上に、水の塊が現れた。 それがゆっくりと降りていく。
「リネア様! 申し訳ありません、申し訳――」 「だめ。許さない」
懇願を無視して、リネアが指を下に向けた。 頭上の水が、メイドさんの頭をすっぽりと飲み込む。
「……ッ、…………!!」
魔法で作られたものとはいえ、水は水。 メイドさんは当然のように息ができなくなり、塊の中でごぼごぼと苦しんでいる。
「あんたはとんでもないことをしでかしたのよ。魔法も使えない平民風情が、栄えあるフィンランディ家次女であるこの私を傷つけたんだから。重罪よ重罪」
続けて呪文を唱え、テニスボールくらいの水の球をいくつもメイドさんにぶつけていく。 威力はそこそこあるようで、当たるたびに「ごぼ」と、苦しそうなうめき声が聞こえた。
「今すぐ水でぺちゃんこにされても文句言えないのよ? それをこ~んなにも軽い躾で済ませてあげようとしているんだから。私がいいって言うまで耐えろよ」 「……ッ、……!? ……!!」 「私って、なんて優しいのかしらね」
苦しむメイドを背景にして、リネアは無邪気に笑った。
「そう思わない? ライザ」 「――――はい。リネア様のお優しさに、わたくし感激しております」 「でしょ~」
フィンランディ家は、魔法を使わない人間を同じ人とは思わない。 ソフィーナが言っていたことは、正しかった。
――彼らのすべてを肯定しなさい。 ――黒いハンカチを見せられても、彼らが白と言えばそれは白なのです。
ライザさんが言っていたのは、こういうことだったんだ。
誰かが攻撃されていれば、そして否定さえしなければ、自分に矛先は向かない。 それはフィンランディ家で働く使用人の処世術としては良いかもしれない。
けど。
「ノーラ、やめなさい!」 「!」
ライザさんの制止を振り切り、私は磔にされたメイドさんに飛びついた。 飛んできた水の球が肩に当たる。
「痛ったぁ……!」
――思っていた以上の衝撃に、目尻に涙が浮かんだ。 メイドさんを拘束している水も、私が飛びつけば取れると思ったけれど、ちょっと揺らいだだけでびくともしなかった。
「ライザ。そいつ、なに」
氷の塊でもぶつけられたような寒気。 あまりの恐ろしさに、私は振り返ることもできなかった。