翌日。
「……」
使用人詰め所で目を覚ます。 イグマリート家は使用人一人に一部屋あてがわれていたけど、フィンランディ家は四人で一部屋を使っている。 部屋といってもすごく狭くて、二段ベッドが左右にあるだけで、間隔は一メートルもない。 本当にただの寝床だ。
水場に行って顔を洗う。 すっぴんを見られると色々と面倒なので、さっと化粧を施して、リネアが言う「ブサイク」になる。
部屋に戻ってベッドの上で着替えていると、周りの人たちもぞろぞろと起き始める。
「おはようございます」 「おはよー。いつもノーラが一番ね」 「はぁ……今日も目を付けられませんように」 「私、リネア様のお部屋掃除担当だわ。青アザくらいで済めばいいけど……」
それぞれどんよりした空気で仕事の準備を始める。 みんなの暗い表情が、なんとなく前世のブラックな会社を思い出させた。
(イグマリート家はこんな空気じゃなかったんだけどな……)
もちろん仕事なので厳しい面はあったけれど、ゆっくりできる一人部屋だったり、交代で休みが取れたりと、福利厚生はしっかりしていた。 フィンランディ家が勝っているのはお給金だけだ。
そんなことを考えながら着替えを終え、服に乱れがないかチェックする。
「……よし」
昨日のティータイムでセラの心を開いた、という手応えを感じた。 短くも濃密な語り合いの中で、セラのこともいろいろと分かった。
好きなことになると饒舌で早口になるあの感じ。 間違いなくセラはオタクだ。 オタクは共通のものを好きになると急激に仲良しになれる。 地雷とかは一応あるけど、昨日の様子だとそれもなかった。
(今日明日でどのくらい気を許してくれたのか様子を見て、いけそうなら聞いてみよう……ん?)
使用人詰め所の廊下から、ざわり……と喧噪が聞こえてきた。
「どうしたのかしら」 「私、様子見てきます」
まだ着替え中の先輩たちを置いて、外の様子を見に行く。 入り口の方でライザさんの声がした。
「セラ様。ここから先は使用人詰め所ですので」 「私が入ると何か問題でもあるのかしら」 「そうではありませんが……セラ様のような高貴な方が入るに相応しい場所ではございません」 「そんなこと気にしないわ。いいから通して」
フィンランディ家の人間は、使用人しか使わない場所に近付かない。 掃除用具倉庫や厨房、もちろん使用人詰め所もだ。
「いけませんセラ様。お召し物が汚れてしまいます」 「ライザ。いい加減に――あ、ノーラ」
苛立ちを隠そうともしないセラが、私に気付いた途端――ころっ、と表情を変える。
「さ、行くわよ」
語尾に「♪」が付いてそうな弾んだ声をさせながら、がしっ、と手を掴まれる。
「行くって、どちらへ……セラ様?」 「いいから来なさい」
されるがまま、私はずるずると引きずられていった。
▼
セラに連れて来られたのは、離れの二階の端っこ。 そこに小さなテラスが設けられていた。 裏庭側に面しているので日当たりは悪いけれど、本館からはちょうど死角になっている。
「ここで朝食にするから、運んできて頂戴。二人分ね」
今まではティータイム以外ほとんど呼ばれることはなかった。 信頼を得たから、朝も呼ばれるようになった……ってことかな?
急すぎてびっくりしたけど、単純にセラと接触回数が増えるのは私としても嬉しいことだ。
「かしこまりました」
命じられるまま厨房に走り、朝食をワゴンに乗せる。
「おはようございますノーラ」 「ガイウスさん。おはようございます」
戻る途中でガイウスとすれ違う。
「何をしているのですか?」 「これからセラ様に朝食をお持ちしようと」
ほう、とガイウスは顎に手を当てた。 相変わらず仕草が堂々としていて、たった二個上とは思えない貫禄だ。
「重用されるようになったんですね」 「そう……だといいんですが」 「足を止めてすみません。お互い頑張りましょう」 「はいっ」
お互いに背中を向けて、それぞれの道に進む。
今日の朝食はほかほかの白パンと、とろみのついた野菜たっぷりのスープに干した果物だ。 運んでいる最中も良い匂いが漂っていて、気を抜くとお腹がぐぅと鳴っちゃいそう。
……そういえば、家族みんなで食べないのかな。 二人分ってことはもう一人誰か来るんだろうけど。
(もしかしてリネアと実は仲良しで、こっそり二人で…………なんてこと、ないよね)
これまでのリネアの会話を振り返って、ありえない妄想だと首を振るう。 なら、弟のルシアンかな。
お節介焼きなお姉ちゃんと、わんぱくな弟。 ――意外と悪くない組み合わせだ。
なんてことを考えながらテラスに戻る。
「お待たせしました」
もう一人はまだ来ていない。 そのうち来るのかな、と気にせず準備を進めたけど、いつまで経っても姿が見えない。 寝坊かな……?
冷める前に呼んでこようと思い、セラに声をかける。
「あの、もう一人いらっしゃる方はどなたでしょうか。よろしければお呼びしましょうか」 「なにを言っているのよ」
用意した椅子に座り、セラは対面を指した。
「これはあなたの分の朝食よ」 「へ」 「そこに座りなさい」
私は手のひらを向け、いえいえと首を横に振るった。
「私ごときが同じ席で食事など、滅相もございません」 「遠慮なんていらないわよ」 「で、ですが……」
使用人が家人と同じ席で食事だなんて。 他の家人に見られたら何を言われるか分かったものじゃない。 私はもちろん、セラもただでは済まないはずだ。
「お父様たちの目なら気にする必要はないわ。ここには来ないから」
私の心配を見透かしたように、セラ。
「冷めてしまう前に食べましょう。それとも……私と仲良くするのは嫌なのかしら」
一瞬、セラの目が不安げに揺れた。ような気がした。
「そのようなことはございませんが……セラ様は魔法使いの公爵令嬢で、私は魔法を使えない平民です」 「……。それよりも前に私たちは『同士』。でしょ?」
セラの中では地位や魔法を使える・使えないよりも、共通の趣味を持つ相手の方が上みたい。
いい……のかな。 本当にいいのかな?
選択肢は出ない。 自分で選ぶしかない。
「では……お言葉に甘えて」
私はおそるおそる、セラの対面に座った。
▼
「最後の章でセリーヌがサナの結婚式を一番にお祝いしていたのが素敵よね」
食事中、話題は『聖なる乙女と純白の騎士』のことばかりだった。 本当に感想を言える相手に飢えてたんだ……と、改めて感じる。
「セラ様はセリーヌがお好きなんですね」 「そうね。キャラクターそのものも好きだし、サナとの関係もたまらないわ」 「作品の主軸はサナとアルヴィスの恋物語ですけど、サナとセリーヌの友情物語としても成立してますもんね」 「さすがは私の専属。よく分かってるわね! この手の小説は恋愛が主軸で、それ以外の要素はみんな添え物として扱われるわ。けれど『聖なる乙女と純白の騎士』は違う。男女の恋と女性同士の友情を両軸で書いている。両方がそれぞれの要素の魅力を損なうことなく、むしろ高め合っているの。どちらが欠けても『聖なる乙女と純白の騎士』ではなくなってしまう。だから傑作なのよ!」
感激したように手をぶんぶんさせるセラ。 尊みが限界を迎えたオタクみたいな仕草ですごくかわいい。
「それと、セリーヌの出自に共感している面もあるでしょうね」 「共感……というと?」 「私にもいるのよ。そういう相手が」
セリーヌは、サナのように代々癒やしの力を持つもうひとつの名門の出身だ。 年齢が同じということで、色々な場面で二人はよく一緒になっていた。 同じ癒し手としてライバル視したりはしていたけれど、心の底ではサナを尊敬し、力に縛られた人生にシンパシーを感じていた。 ただ、家同士の仲が悪かったせいで表立って仲良くすることはできなかった。 だからお互い「嫌われている」と勘違いをしていたんだ。
……セラにも、そういう相手がいる。
年齢が同じで。 同じような立場で。 家同士の仲が悪くて。 ライバル視しつつも尊敬する相手が。
まさか、それって……。
「レイラ……」
思わずこぼれた言葉に、セラが反応する。
「どうして知っているの?」 「!?」
しまった。