最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#49 第十話「てぇてぇ」


 口の中に広がる味に、私は顔を押さえてその場にうずくまった。

 馬鹿な……。  馬鹿な…………!

「どどどどうしたの!? 口に合わなかった!?」

 慌てて駆け寄り、背中をさするノーラ。  私はケーキをゆっくり咀嚼してから、一言。

「…………おいしい」 「リアクション派手すぎて草」

 独特の言い回し――草ってなんだ?――をしつつ、ノーラは笑う。  しかし、決して大袈裟ではない。

 公爵令嬢である私は、食に関してはずっと恵まれた環境にいた。  両親に冷遇されていた時代ですら「やせ細っていてはみっともない」と、ちゃんとしたものを食べさせてもらっていた。

 今はもちろん、未来では王妃の妹として王宮に何度も招かれている。  平民では手が届かない国外の甘味を食べたことだってある。  当然のように舌は肥えていて、多少の美味しい物では全く動じない。

 そんな私の舌が驚いてしまうくらい、ノーラのチーズケーキは美味だった。

「これ、本当にあなたが……?」 「もちろん」

 私は続けて二口、三口とチーズケーキを口にする。

 しっとりとした食感。  ほどよい焼き加減。  濃縮された甘み。

 実家の料理人ですら、ここまでのものは作れない。

「おいしすぎる……何を入れればこんな味になるんだ」 「卵、グラニュー糖、クリームチーズ、薄力粉、ミルク、レモン汁。全部普通のやつだよ」

 貴族は料理をしない。  それは使用人の仕事であり、貴族がすべきことではないからだ。  紅茶と珈琲だけは例外で、家族や伴侶となる人物に親愛の証として淹れることはあるが、それだけだ。

 料理の知識が皆無の私に『普通の材料』と言われても、それが本当に普通なのかは分からなかった。  後で実家のシェフに聞いてみよう。

 私の反応に気を良くしたのか、ふふん、とノーラは得意げに胸を張った。

「前世はY〇utubeでいろんな動画を見るのが趣味だったの。あんまりSNS映えするデコとかはできないけど、基本的なお菓子はだいたい作れるよ」

 ユ……?  動画?  えすえぬえす?  でこ?

 さっきの『草』の意味も正直よく分かっていない。  まるで異国の人間と話をしているようだ(実際、そうなのだが)

「あなたと話していると、知らない単語がどんどん増えていくな」 「ノーラでいいよ。レイラの妹ちゃん」 「ソフィーナだ」 「ソフィーナ、ソフィーナ……」

 咀嚼するように、ノーラは私の名前を繰り返した。

「……私の知っている登場人物の中にはいない子だね」 「そうだろうな」

 製作者の言葉を借りるなら、私はモブだ。  何の役割も与えられなかった、いてもいなくてもいい人間。

「その辺りも含めて聞かせてもらえるかな」

 ノーラはさっきと同じ場所にすとんと腰を下ろし、逸れた話題を元に戻した。  私は残ったチーズケーキを食べ終えてから、彼女の対面に座る。

「少し長くなる」

 ▼

 私は、これまでの経緯をすべて話した。

 出来損ないだったこと。  自分のせいでお姉様を死なせてしまったこと。  ループし、お姉様の死を回避する機会を得たこと。  回避する度にお姉様が死んだこと。

 そして、神々の世界に行ったこと。  床も、壁も、机も、椅子も、人さえも真っ白な世界。  そこはこの下位世界を創造した神々が住まう上位世界。

 彼らこそ、世界の創造主。  万物の運命を司る彼らは、お姉様を死の運命に縛った。  お姉様はこれから先、どんな運命を進もうと必ず死ぬ。

 事故、事件、天災、戦争。  あらゆる矛先がお姉様の喉元を掻き切ろうとしているのだ。

 それに抗うため、私は神々の世界でループと選択肢の能力を得た。

 ……思えば、この能力は本来ノーラのものだったのかもしれない。  私は、彼女に与えられるはずだった力を奪ったのだろうか。

「――という訳だ」

 包み隠さず、本当にすべてを話した。  ここまでけに話したのは長いループの中で初めてだ。  自分なりに短くまとめたつもりだったが、気が付けば建物の影が大きく動いている。  時計は無いものの、太陽の位置が移動するほど時間が経っていることを示していた。

「気になってることを聞いてもいい?」 「ああ」 「つまりソフィーナちゃんは、転生者じゃないってこと?」 「生まれも育ちも下位世界ここだ」

 ノーラのいた日本の一部では、輪廻転生が強く信仰されていたらしい。  死んだあとは望む下位世界に転生し埒外の力――チート、と呼ぶらしい――で好きに生きることができる、と。

 彼女がそうだったので、私も同じ境遇だと思われていたようだ。

「巻き込んで申し訳ないとは思っている。けど、お姉様を救い出すまでループを止めるつもりはない」 「……終わる目途はあるの?」 「ない」

 正直に答えた。  神が定めた運命は強力で、どこまでもお姉様を追いつめてくる。  十五年後に起こる西大陸との戦争を回避する手段を探しているが……そこを乗り越えたとしても、次にまたお姉様を殺す大きなイベントが起きないとも限らない。  既に数えきれないほどループを繰り返しているが、未だ道半ばなのだ。

「そっか」

 神妙な表情で、ノーラが立ち上がる。  口を真一文字に引き締め、怒っているようにも見える。

 怒るのは当然か。  ようやく見つけた迷路から脱出する手段を拒まれ、その上まだまだループすると宣言しているのだから。

 嘘で誤魔化そう――という考えは浮かんでこなかった。  ループを共有している以上すぐにバレるし、何より……嘘をつきたくなかった。  迷惑をかけている以上、誠実でいるべきだろう。

「私には何をしてもいい。けど、お姉様には手を出さないでくれ。お願いだ」

 私はノーラに懇願した。

「お金も、地位も、私ができる範囲のものは用意させてもらう。だから――!?」

 いきなりノーラが私の両手を掴んだ。  少し痛いくらいの力強さで引っ張られ、彼女の整った顔がすぐ近くまで接近した。

 視界いっぱいに映るノーラの顔は、赤らんでいた。  怒りによるもの――ではない。  まるで意中の異性を前にした時のように、その表情はだらしなくとろけていた。  半開きになったノーラの唇が、言葉を紡ぐ。

「てぇてぇ」 「は?」 「推しであるお姉ちゃんのためにループを繰り返す妹……こんな美しい姉妹愛がある!? いえ、ないわ!」

 鼻息を荒くしながら手を上下にぶんぶんと振るうノーラ。  なんだろう。怖い。

「前世でもここまでの人は見たことないわ! ソフィーナちゃん尊すぎてしんどい無理、死ぬ!」 「具合が悪いのか?」

 幻覚系の毒キノコをうっかり食べてしまった時のような奇行に、思わず背中をさする。

「あ、ごめんごめん。つい尊みが爆発しちゃった」 「……」

 言葉は分かるのに、意味が全く理解できない。  神の世界の言い回しはこうも難解なのか。

「ねぇソフィーナちゃん。提案なんだけど――」

 ひとしきり騒いで落ち着いたノーラの言葉に被さるように、半透明の窓が出現した。

『ノーラを仲間にしますか?』  はい  いいえ

 ▼

「あ、選択肢だ」 「見えるのか!?」

 さすがヒロインと言うべきか、選択肢はノーラも見えるらしい。  『はい』を選べば、彼女を仲間にできる。

 願ってもない話だ。  ノーラとならループを挟んでも話にズレが生じない。  一度きりの作戦ではなく、いくつものループを跨いだ前提の作戦だって組める。  私が持っていない神の世界の知識を持っていて、私の視点では見えない突破口も見いだせるかもしれない。  味方として、これ以上に頼もしい相手はいないと言える。

「いいのか?」

 私はすぐに『はい』を選ばず、意思確認をした。  お姉様のことを思うなら答えは決まっているのだが……ノーラには不義理を働けない。

「もちろん。てか、ちょうど私も提案しようとしていたから」

 反対側から『はい』の部分をちょいちょいと突つくノーラ。  どうやら、見ることはできても選ぶことはできないらしい。

「神の使徒なのに、神に反逆することになるんだぞ」 「確かに前世は日本人で、あなたの言葉を借りるならここは下位世界。けど、今の私はもうこの世界の住人だよ。神の使徒でもなんでもない、ただの平民」

 とん、と自分の胸を叩く。

「私たちはいわば同志よ」 「同志?」 「そう。同じ熱量で推しを愛することができる同志!」

 推し、の意味はちょっと分からないが。  彼女とは――彼女となら、本当の意味で仲間になれるかもしれない。

 私は手を伸ばす。  半透明の窓を挟んで、両者の手のひらが重なった。

「これからよろしく。ノーラ」 「こちらこそ、ソフィーナちゃん」

 選択肢を選ぶと、いつもはすぐ消えるはずの窓が、別の文字を映し出した。

『――ノーラを仲間にしました。セーブ能力を開放します』