最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#64 SS No3「マカロンの刑」


<レイラ視点>

 ハモンズ王立学園。  初代国王の側近・ハモンズ卿が未来の貴族のためにと設立した由緒正しき学び舎。  男爵から公爵まで、貴族と名の付く者はすべからく通うことになっている。

 王国の未来の担い手の育成所。  それは良い意味と、悪い意味の両方を含んでいる。

「あっ」

 渡り廊下を歩いていると、正面から来た女生徒と肩が触れ合った。  それなりの衝撃を感じ、私は一歩後ろへとたたらを踏む。

「あらあら、気を付けてくださいませレイラさん」

 金色に輝く髪をくるくると巻いた少女。  彼女の名前はフェティッサ。シルバーローズ伯爵家の長女であり、私の同級生だ。

(わざと当たって来たのはそっちじゃない)

 フェティッサのことは見えていて、ちゃんと道も開けた。  ――なのに彼女はわざわざ距離を詰め、ぶつかってきた。

 それを指摘したとしても、彼女はそれを認めない。  目撃者は私とフェティッサ、そして彼女の取り巻きだけ。真実はどのようにも書き換えられる。

「ごめんなさい。気を付けるわ」 「公爵家のご令嬢ともあろうお方が情けないことですわよ?」

 このように、フェティッサは事あるごとに突っかかってくる。  私は彼女のことを全く知らないのだけれど、彼女は私を敵視している。  その原因は、私たちの実家にある。

 どうやらシルバーローズ家はもともと四大公爵家の一つになるはずだったらしい。  けれど祖父の代でシルバーローズ家をまんまと出し抜き、四大公爵家に収まった。  だからフェティッサは私を敵視し、何かと因縁をつけ、蹴落とそうとしている。

 本当かどうかも分からないことを、よくもまあ信じられるものだ……と、理由を知った時は呆れてしまったものだ。

「それでは失礼いたします。私は忙しいので」

 フェティッサのことは気にはなるけれど、だからといってどうにもできない。  公爵家は貴族の中で最も格が高い。嫌でも注目を集めてしまう。  彼女のように何かと因縁を付けて突っかかってくる生徒の方は他にもいる。  それら一人一人を相手にしていてはキリがないから、結局は放置が一番の最適解になる。  しばらく憂鬱になる気分を抑えるだけでいいのだから、楽でいい。

 権謀術数が渦巻く貴族社会はもっと醜く、もっと汚く、もっと酷い。  それに比べればまだ可愛いもの。子供のイタズラ。まさにお遊びレベルだ。  大事にするまでもない。  我慢よ我慢。私が我慢すればいいだけなんだから――。

「おねーさまっ」 「わっ」

 軽い衝撃と共に、腰に手が回される。  振り向くと、妹のソフィーナがいた。

「こんなところで何をしていたんですか?」 「何も。同級生とお話していただけよ」

 遠くに見えるフェティッサの背中を見やり、肩をすくめる。

「――あー。イグマリート家がどうこうと因縁を付けてくるいちゃもん一族ですね」

 すん、と、ソフィーナのきらきらした瞳から光が消失する。

「こんなところでフラグが立っていやがったのか。どうりで何回やっても見つけられないワケだ」 「ソフィーナ?」

 据わった目でぶつぶつと妙なことをぼやき始めたと思ったら、次の瞬間には、にぱ、と笑顔を浮かべる。  いつもの愛らしい笑みと違っていたのは、こめかみに青筋が浮かんでいたことだけだ。

「――ハナシ付けてきますね♪」

 そして翌日から、フェティッサと彼女の取り巻きからの陰湿な嫌がらせはぴたりと止んだ。  学園生活を送る上で快適になったことは良かったんだけれど……。

「あの、フェティッサ?」 「ひ!? ごめんなさいごめんなさい! もう反省しました! 何もしませんから許してくださいませ!」

 ただ声をかけただけなのに、床に額を打ち付けるほどの早さで土下座を繰り返される。

「何もしないわよ。少しお話を――」 「ひいいい!? は、ハナシならもう付けたはずでございますことよ!?」

 ――こんな反応をされてしまうのはさすがに困ってしまった。  フェティッサは立っていられないほど震え上がり、両腕で顔を防御する姿勢を取ってうずくまった。

「聞きたいことがあるだけなの。ソフィーナと何を話したの?」 「あ、ああ……」

 ソフィーナ、という言葉にフェティッサは絶望の表情を浮かべた。  なんでそんな表情になるの?

「お許しください! マカロンの刑だけは!」 「はい?」

 マカロン?  あの焼き菓子の?  私がきょとんとした隙を縫うように、フェティッサはカサカサと地面を這い、

「あのような意地悪は決して、決してッ! もう二度としませんのでお許し下さいませ~!」

 そのまま走って逃げてしまった。  ただ一人残された私は、ぽつりと一言。

「……マカロンって、なに?」

 ▼

「ソフィーナ。フェティッサ達に何をしたの?」

 フェティッサたちに聞いても全く要領を得ないので、私はソフィーナに直接問い質した。

「フェティッサ?」 「ほら。昨日渡り廊下にいた」 「ああ。あのネジみたいな巻き髪の人ですか」

 ソフィーナは愛らしい笑みを浮かべながら指を立てた。

「何もしていませんよ。ただいけないことはいけないって『おハナシ』しただけです」 「本当に?」 「本当ですよ」

 ソフィーナのことは信じたいけれど……この子は私のことになると過剰にやりすぎる傾向にある。  フェティッサのあの反応といい、話だけで済んだとは思えない。

「口汚く罵ったりしてない?」 「はい。してません」 「脅したりしてない?」 「はい。してません」 「暴力を振るったりしていない?」 「……はい。振るってません」

 微妙に間が空いたことはとても気になったけれど、フェティッサたちの顔に傷がついていたり、どこか痛がるような素振りもなかった。  ……私の考えすぎ、なのだろうか。

「そういえばソフィーナ。マカロンの刑って何なの?」 「――――。午後のおやつにマカロンが食べられなくなる罰のことです。あの人にはこれが一番効くかと思って」

 フェティッサは甘党として有名だ。  学園で行われる使用人対抗・甘味コンテストで常に審査員をしているくらいだから、筋金入りと言っていいだろう。  そんな彼女がマカロンを食べられなくなるとしたら、あの反応も頷ける。

(……頷いていいのかしら?)

「そんなことよりお姉様。久しぶりにチェスでもしませんか?」 「ええ、いいわよ」

 うまく誤魔化されたような気がするけれど、フェティッサに迷惑していたのは事実だ。  学園生活が過ごしやすくなったと、前向きに喜ぶことにしよう。