それはとある日の昼下がり。 私はノーラといつもの定例報告会を終え、席を立った。 報告会、なんて銘打っているが、危険なイベントがない時期は単なるお喋り会となっている。 ループに関する愚痴を聞いてもらえる(オズワルドのこととか、オズワルドのこととか、オズワルドのこととか)ので、私としてはお喋りでも十分に有意義だ。
「お茶のおかわりを入れようか」 「ねぇソフィーナ、私にお茶を入れさせてくれない?」 「いやいや、お客様にそんなことさせられるか」
定例会では私がお茶を入れる係をしていた。 普段なら使用人に任せるところだが、話す内容が内容なので私がやっている。 貴族が誰かにお茶を入れることは親しい間柄の証、という意味もあるが、ノーラはたぶん知らない。
「どうしてもダメ?」 「急にどうしたんだ?」
やけに食い下がるノーラに、私は理由を尋ねた。 曰く『本格的なティーセットでお茶を入れてみたい』らしい。
「本格的……なのか? これが」
私にとっては慣れ親しんだティーセットだが、ノーラの感覚では本格的らしい。
「うんうん! 前世ではちょっとお洒落なカフェに行かないと見る機会もないくらいだよ。家にも簡単なものは置いてあったけど、やっぱりソフィーナのものは作りが違うんだよね~」 「ニホンの紅茶はジハンキから出てくるんだろ? わざわざティーセットを用意して入れてたのか?」
ノーラの前世。 私がかつて神の国と呼んでいたその場所では、様々な味の飲み物がそこいらで手に入ったという。 紅茶はもちろん水、コーヒー、多種多様な果実水まで。 それらの多くはペットボトルという容器に入っている。 落としても割れないくらい頑丈で、けれど同時に柔らかさも兼ね備え、中身がこぼれることはない。 手軽に手に入る容器ひとつ取っても、にわかには信じられない技術が詰め込まれている。
(遊びで世界を作るくらいだもんな)
私は頭を振ってそれを考えないようにした。
「分かってないなぁソフィーナ。自分でやるのがいいんだよ。風情だよ。侘び寂びだよ」 「……はぁ」 「茶葉をミックスしたり、お湯を注いだり、蒸らし時間を調整したり。そういうことも含めてお茶を入れるってことだよ? 確かに自販機とかコンビニは便利だけど」
便利ではあるが、過程を楽しむ部分が抜けている。そう言いたいらしい。
「そういうものなのか?」 「そうだよ! だからお願い! 一回だけでいいから私にお茶を入れさせて!」 「……」
便利なことの何が悪いのだろうか。 過程を抜かした経験がない私にノーラの気持ちは全く分からない。 分からないが、ここまで頼むくらいだ。
「まあ、そこまで言うなら……」
私は一度、ちらりと実家の窓に目を向けて母の目がないか確認した。 平民とはいえノーラは客人だ。 客人にお茶を入れさせる行為は貴族的な観点で言うととても失礼な行為に当たる。 万が一にでも見られたらものすごいお叱りを受けてしまうので、それを未然に防ぐために念のため確認しておく。
「いいぞ」 「ありがとう! ソフィーナ大好き!」 「きも」 「ええっ!? ひどいよぉ!」
ガーン、と泣き顔になるノーラ。 ころころ表情が変わって、見ていて飽きない。
▼
「やっぱり作りがいいねぇ。手に持った瞬間に分かるよ。前世でうちにあったやつとは大違い。かわいいなぁ」
ティーポットを抱えてにやにやするノーラ。 もともとそういう気質なのか、今生ではモノづくりを生業とする家庭で育っているからか、物品へのこだわりが強い。 すべての感想が「かわいい」に集約されてしまうのはいつも通りだ。
「入れ方、わかるか?」 「大丈夫!」
ノーラがティーセットを使い、お茶を入れる。 自信たっぷりに言い切っただけあり、手際がよく、とても様になっていた。
(その辺の貴族じゃ太刀打ちできないな)
もともとノーラの容姿は驚くほど整っている。 良い服を仕立てて着せれば、貴族だと言っても誰も疑わないだろう。
(学園のイベント、手伝ってもらえるかもしれないな)
学園の外だと手伝ってもらえるが、中に部外者は入れない。 かと言って正規のルートでノーラが入学すればお姉様と衝突する可能性がある。 どうしようかと思っていたが、要所要所で貴族と偽ればいいかもしれない。
「できたよ。どうぞ、お嬢様」 「ありがとう」
メイドになりきったような仕草で一礼するノーラ。 私はのちの展望をあれこれと考えながらカップに口をつけた。
「……え」 「あれ、どうしたの?」 「……」
首を傾げるノーラに答えず、私はもう一度カップを口に運んだ。
「…………」 「もしかして味、渋かった? だったらごめ――」 「うま」
美味しい。 茶葉も、ティーセットも、使っているお湯も全部私が使ったものと同じなのに、私の入れた紅茶より遥かに味が深い。 僅差で負けてるとかじゃない。 全く別物だ。
「びっくりしたぁ。ソフィーナ、いつも感想言うまでのタメが長いよ~」 「すまん。けどこれ、どうやって入れたんだ?」 「どうやってって、普通にやったよ? ポットを温めて、茶葉から色と味を抽出して容器に移す」
聞いておいて何だが、ノーラがお茶を入れる工程はすべて見ている。 彼女の言う通り、やり方はいたって普通だった。 特別変わったことは何もしていない。なのに味だけがこんなにも変わることがあり得るのか?
「やっぱりチート能力があるんじゃないか? 作った食べ物が全部おいしくなるような」 「ないない、ないから」
ぷ、と笑いながら手を横に振るノーラ。 チート能力ではないなら、実力か。
……。 なら、私でもこの味にできるんじゃないか? これほどおいしい紅茶をお姉様に入れたら――
『ソフィーナの入れてくれる紅茶、とってもおいしいわ。もうこれ以外は何もいらないくらいよ』
――と、褒めてもらえるかもしれない。
「ノーラ」 「なに?」 「私にお茶の入れ方を教えてくれ」
それからしばらく、私はノーラに紅茶の入れ方を教えてもらった。 しかし、何度やっても同じ味にはならなかった。
どうやら味の違いは茶葉の抽出時間だということまでは分かった。 私は毎回、習った通りの時間ぴったりに。 ノーラは茶葉のサイズや乾燥具合を見て、その都度変えていた。
時間としてはほんの十数秒。 その差が、味として如実に出るらしい。
「ああっ、今、今が一番おいしい状態だったよ」 「……わからん」
どれだけ見つめていても、完璧なタイミングが分からない。 ここだけはいくら聞いても「見てたら分かるよ」としか教えてもらえなかった。 ノーラは感覚派だった。
「いつになったらノーラの味に追いつけるのやら」 「練習していればきっと大丈夫だよ。ソフィーナは頑張り屋さんだから」 「……そうだな」
できないからやらないは私には似合わない。 できるまでやる! だ。
「よし、もう少し付き合ってもらうぞ」 「うん!」