最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#92 第二十七話「一歩手前」


「――やっぱりダメだね」 「ああ」

 あれから何度か試してみたが、結果は同じだった。  国歴二百九十一年、春。  私が八歳。そしてノーラとお姉様は十歳でスタート地点が更新されてしまった。

 ループ期間の短縮。

「これがセーブ能力」

 更新されたセーブポイントより前のイベントは確定した過去になってしまい、もうやり直せない。  ……つまりは、スイレンとの関係もあのままということになる。

 あいつがお姉様を諦めるとは思えない。  何か、対策を練る必要がある。

 もう一度オー爺とスイレンを戦わせるか?  ……いや、もうオー爺に勝てないことは身に染みているはずだ。  真正面から向かってくることはないだろう。

 やはりウェルギリウスを引っ張り出して謝らせるしか方法はないのだろうか。  あれこれ思案していると、ノーラが俯いた。

「……ごめん、ソフィーナ」 「どうした?」

 ノーラに顔を向けると、彼女はいつもの明るい表情をひそめて暗い影を作った。

「私が『スイレンさんを殺さないで』なんて言っちゃったせいでこんなことになっちゃって……」 「なんだ、そんなことか」

 確かに、私がスイレンをあのまま殺せていればこんな事態にはなっていなかった。  スイレンを排除し、何の問題も無いままセーブポイントを更新できていたかもしれない。

「ねぇソフィーナ。私を思いっきり打って」

 ノーラは目を瞑り、頬を差し出してきた。

「別にいい」 「よくない! ソフィーナを助けるって言ったのに、結局足を引っ張っちゃってるし」 「いや、今回は助かったよ」

 慰めではなく、本当に危ないところだった。

「スイレンを殺していたら、詰んでいたかもしれない」 「……どういうこと?」

 まだよく分かっていないノーラに、私は説明を挟む。

 殺人は邪魔者を排除する有効手段であると同時に、諸々の危険を孕んでいる。  親しい者が敵に変わったり、捜査の手が伸びて犯行がバレたり。  既に通ってきた以前のシナリオならともかく、今回は初めて通るルートだ。  スイレンを殺して適切な後処理ができたとしても、それが十年後もバレない保証はどこにもない。

 殺人という手段は、ループありきでなければ成立しないのだ。

 仮にスイレンを殺すことに成功していたとして、それがいつか明るみになってしまったとしたら?  そんな状態でセーブポイントが更新されてしまったら?  未確定なはずの未来まで確定し、私は破滅する。  それは同時に、お姉様の死も意味している。

「スイレンには逃げられたが、詰む一歩手前で踏み止まれた。ノーラのおかげだ」

 ぽん、とノーラの肩に手を置く。

「ありがとな。私を止めてくれて」 「うぅ……ソフィーナ、ソフィーナぁぁぁ」

 私をぎゅううううっと抱きしめ、ノーラは涙を零した。

「おいおい、そんなに強く抱きしめたら痛いって」

 なんとか彼女をなだめて引き離そうとした矢先。  部屋の扉がノックされ、カチャリとノブが回った。

「ソフィーナ? 物音がしたけれど大丈――」 「あ」

 お姉様は私を強く抱きしめるノーラを見て、眉をつり上げる。

「あなた、何をしているの! ソフィーナは病み上がりだって言ったでしょう!?」 「ひいぃ!? ごめんなさーい!」

 ……それから三十分ほど、お姉様の説教は続いた。

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「次、ソフィーナに何かしていたら、分かってるわよね?」 「も、もちろんです! ソフィーナお嬢様は病み上がりなので、安静にしてないといけませんから!」 「本当に分かってる?」 「身に染みて理解しました!」 「……」

 ずもももももも……と凄みを入れてから、お姉様は部屋の外への扉を開いた。

「ソフィーナ。その子に何かされそうになったらすぐに私を呼んでね」 「はい、お姉様」

 そう言い残し、お姉様は部屋を去った。

「うぅ……レイラ、怖かったぁ。けどソフィーナを大事に思ってるからこそだよね。姉妹愛てぇてぇ」 「……」

 泣いたカラスがなんとやら、お説教を受けている間にノーラの涙は引っ込んでいた。

「話の続きだ」 「うん」

 逸れまくった話を本筋に戻す。  目下、対処すべきはスイレンだ。

 今、奴の行方は分かっていない。  狙いはお姉様と分かっているので、放っておけばいずれやってくるだろうが……お姉様を囮に使うようなやり方はしたくない。  こちらから見つけて対処したい。

「あいつの家に何か手がかりが残っていないか探しに行く」

 これが第一にやるべきこと。  そしてスイレンを見つけたら逃げられない状況を作り、オー爺に対処してもらう。

 付け焼き刃もいいところの作戦だが、いま思いつくのはそれしかない。  ……いきなり難易度の高いイベントが立ちはだかってしまったが、逆に三年分ループせずに済むのでその点はやり直しがしやすいと捉えることもできる。

 後のことはスイレンの問題を片付けてからゆっくり考えるとしよう。  方針は決まった。

 私は席を立ち、外行きの服を取り出してパジャマのボタンに手を掛けた。

「ソフィーナ。もしかして今から行くつもりなの?」 「もちろん」

 スイレンがいつお姉様に牙を剥くか分かっていない以上、のんびり寝ている暇はない。  この二週間、何もしてこなかったことが奇跡なくらいだ。

 ぷちぷちとボタンを外していると、ノーラがその手を掴んできた。

「ダメだよ! レイラも言ってたじゃない。まだ病み上がりなんだから」 「もう平気だ」

 怠さは残っているが、これは二週間も寝込んで身体を動かしていないせいだ。  体調的にはもう何の問題もない。

「スイレンさんの家、私が調べて来るよ。ソフィーナは寝てて」 「鉢合わせするかもしれないぞ」 「だ……大丈夫!」

 掴んでいる手を通してノーラの怯えが直に伝わってくる。  気持ちはありがたいが、彼女には荷が重い。

「無理するな」 「してないよ! スイレンさんなんて全然平気なんだから!」 「いいから手を離せって」 「ダメ! 寝て!」

 手をグイグイと引っ張り合ううち、互いの足が引っかかってもつれる。  そのまま二人で、ベッドに倒れ込んだ。

「いてっ」

 思っていた以上に大きな音がして、それが外に伝わり。  ぱたぱた……と廊下を駆ける音がして、扉が勢いよく開いた。

「また大きな音がしたけど!? 何をして――」 「あ」

 ノーラと目が合い、お姉様の目が点になる。

「え……あなたたち? 何……してるの???」

 私を押し倒すような体勢のノーラに、お姉様は困惑した声を上げる。  本当に想定外の光景だったようで、ぷしゅう、と頭からは煙が噴き上がっていた。

 ……この状態を説明するのは骨が折れるな。  ため息を吐きながら、私はいつもの言葉を口にした。

「――戻れ」

 ▼ ▼ ▼

 ループした後、話し合いをして「翌日一緒に行く」ということになった。  どうしても今日は休んでほしいようだ。

「平気だって言ってるのに……心配性なんだよな」

 ノーラを見送ってから、独りちる。  口ではそう言いつつ、彼女の心遣いはとてもありがたかった。

 うまく言えないが、胸のあたりが温かい。  お姉様に抱きしめてもらった時のようなぬくもりとはまた別種の心地よさを、ノーラに感じていた。

「ソフィーナお嬢様。起きていらっしゃいますか?」 「はい。どうぞー」 「失礼いたします」

 控えめなノックと共に入ってきたのは、イグマリート家お抱えのメイドだ。  ベッドの上で半身を起こしている私を見るなり、彼女は目尻に涙を浮かべた。

「良かった。お目覚めになられたようで何よりです」 「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」

 メイドの中には家人にすり寄り、覚えを良くしてもらおうという腹積もりの奴がいる。  彼女はそういった器用なことができない実直な性格なので、純粋に心配してくれていたのだろう。  ただ、わざわざそれだけを言いに来るとは考えにくい。

「それで、何かご用ですか?」 「実は……ソフィーナお嬢様宛てに手紙を預かっておりまして」 「手紙?」 「ええ。スイレン様からです」 「……っ」

 予想外の差出人を告げられ、取り繕った八歳児の顔が剥がれそうになる。

「ソフィーナお嬢様?」 「……なんでもありません。ありがとうございます」 「はい、確かにお渡ししました」 「あの。この手紙のこと、お姉様には言いましたか?」 「いいえ。スイレン様からもレイラお嬢様には言わないよう仰せつかっておりました。仲が良かったんですね」

 くす、とメイドは微笑んだ。  こっそり手紙でやり取りしている仲良しと勘違いしているらしい。

「……そ、そうなんですー。お姉様には内緒にしておいてくださいね?」 「はい、分かりました。それでは私はこれで。何かあればすぐにお申し付けください」 「ありがとうございます」

 メイドが部屋を出るまで見送ってから、私は手紙に目を向けた。  指で表面をなぞると、凹凸のある表面とざらざらした感触がした。  まるで一度濡れて、それを乾かしたかのような状態だ。

(罠のたぐいは……なさそうだな)

 意を決して封を開く。

『親愛なるソフィーナお嬢様へ』

 美しいと錯覚するほど達筆だったスイレンらしからぬ、歪んだ文字。  その原因が何なのかはすぐに思い当たった。  私が右手を焼いたからだ。

(治療していないのか?)

 スイレンほどの使い手なら、魔法で癒すこともできるはずなのに。  不審に思いながらも、私は手紙の続きを読み進めた。