『この手紙を読んでいるということは、無事に目覚められたのですね。 まずはご回復おめでとうございます。 お身体に差し障りがないようでしたら幸いです。
既にご存知かもしれませんが、私はレイラお嬢様の家庭教師を辞退いたしました。 その理由をソフィーナお嬢様にだけは知ってもらいたいと思い、いま筆を取っています。
私は教師としてこれまで多くの生徒を見てきました。 その大半は魔法を知覚できる前に挫折するか、乗り越えたとしてもコップに水を貯めるのがやっとの子ばかりです。
レイラお嬢様は特別です。 生徒に順位を付けるのはよろしくありませんが、あえて付けるとすればレイラお嬢様が一番でした。 彼女の才能は素晴らしく、比肩する者は今後現れないだろうと出会った直後に感じていました。
しかし、それはつい先日に更新されました。 いま、私の中で一番に才能を持つ人は――ソフィーナお嬢様。あなたです。
ソフィーナお嬢様も魔法を使えるとあの場で知り、大変驚いています。 反動を受けきれずそのまま倒れてしまいましたが、逆にそれで興味が湧きました。 反動を抑えきれないほど高出力の魔法を、あれほど精密に、なぜ年端もいかないあなたが使えるのか。
レイラお嬢様は魔法使いなら誰もが欲しがる才能をすべて兼ね備えていました。 しかし、弱点があります。
精神の脆さです。 魔法使いにとって、精神力の弱さはいつか致命的になるかもしれません。 ソフィーナお嬢様はそれを今の時点で克服している。 若干八歳にして、あなたは魔法使いとして完成されています。
私はいっぱしの魔法使いとして、才能ある子供に人並みの嫉妬を抱きます。 この感情は同じ適性の人にしか抱いていませんでしたが……ソフィーナお嬢様、あなたは特別です。 適性こそ違いますが、あなたにも嫉妬心が湧きました』
「……」
……これだけ手放しに賛美されて、これほど嫌な気分になる手紙は初めてだ。 私は唇を曲げながら、続きを読み進める。
『ソフィーナお嬢様の魔法を拝見し、私は自分の矮小さを痛烈に自覚しました。 この程度の実力でレイラお嬢様をあるべき姿へと導くことは到底叶わない。
家庭教師を辞退したのはそういった理由からです。 海路でオルデンブルグ王国へと渡り、そこで自己鍛錬に励むことにいたします。 もちろん、これを今生の別れとするつもりはありません。 私は必ず戻り、お二人の元へ戻ってまいります。
レイラお嬢様の成長過程を見られないことはとても残念ではありますが、後任としてあのご老人を推薦しておきました。 あのお方ならばレイラお嬢様を高みに連れて行ってくださると確信しております。
お二人が魔力の到達点に登ったその頃に再会できることを心待ちにしております。 それまでは姉妹ご友人ともに健やかにお過ごしくださいませ。
遠く離れた地より愛を込めて』
手紙は、そこで終わっていた。 読み終えた瞬間、選択肢が現れる。
『スイレンを追いかけますか?』 はい いいえ
「……」
私は一秒も迷うことなく、「いいえ」を選択した。
▼ ▼ ▼
後日。 いつもの橋の下で、私はスイレンからの手紙をノーラに見せた。
「ねぇ、これって……」 「ああ」
ぱっと見た限りでは単なる別れの挨拶の手紙だ。 しかしスイレンの本性を知る者が読めば、彼女が本当に伝えたい意図が透けて見える。
あの手紙を建前なく言い表すなら、こうだ。
『お前の邪魔がある限りレイラには手出しはできないことが分かった。 だから私は方針を変えることにした。 外の国で実力をつけ、真正面から敵として立ちふさがり、二人ともねじ伏せてやる。 それまでせいぜい首を洗って待っていろ』
細かくは違っているかもしれないが、たぶんこんなところだろう。 それはノーラも感じているようで、手紙をぶんぶん振り回して慌てている。
「きょ、脅迫だよ! この手紙を憲兵さんに見せよ!?」 「落ち着けって。スイレンの本性を知らない奴が読んだら普通の手紙だ」
こんな回りくどい書き方をしているのは、脅迫の証拠として出されることを防ぐためだ。 建前と本音の使い分けが本当にうまい。
「完全にソフィーナもロックオンされちゃってるね」 「それは別にいい」 「いいんだ!?」
これまでのスイレンはお姉様にしか執着していなかった。 その何割かがは私に移ったぶん、お姉様への危険は減っている。 それなら狙われたって本望だ。
「なにも悪いことばかりじゃない。ここ読んでみろ」
私は手紙の一部を指さした。
「魔力の到達点……これがどうかしたの?」 「一般的に魔力の成長限界は十五歳から十七歳だ」
個人差はあるが、この辺りが上限とされている。 そこから先は新しい魔法を覚えたり、経験を重ねて工夫をするしかない。
到達点に登る。 回りくどい書き方だが、要はその年齢になったらまた会いましょう、ということだ。
「十五から十七。つまり……?」 「それまでスイレンが襲ってくることはない」 「……イベントクリア、でいいのかな?」 「そうだな」
今の時点で襲い掛かられたら取れる対策は限られる。 しかし成長すればするほど対抗手段は増えていく。 誰かを味方につけ、そいつに護衛してもらうことだってできるだろう。
先延ばしになってしまったものの、猶予は与えられた。
「け、けど、これが罠って可能性もあるよね? 油断を誘っていきなり襲い掛かって来るとか」 「その時は改めてループして、ウェルギリウスを引っ張り出すなりすればいい」
とは言いつつ、それは無いと考えていた。 本当にその気があるのなら私が目を覚ます前にカタをつけているはずだ。
スイレンはお姉様のような魔法の才能に溢れた人間を「壊す」ことを生き甲斐にしていた。 壊れた瞬間の絶望した顔を見て、自分という存在を確立する。
その手段を間接的なものから直接的なものへ変更したと見るのが妥当だろう。
「婚約破棄なんてロクなものじゃないな」
お姉様もオズワルドとの婚約破棄を経て人生を歪ませる。 オズワルドをあの場でボコボコにすることで諸々のストレスを忘れさせて私を心配させる、という方法に行きつくわけだが。 割とあっさり了承させるまで、けっこうな試行錯誤をしたことを思い出す。
「そうだね。前世では婚約破棄モノが流行ってたけど……現実に起こると怖いよね」
ニホンでは婚約破棄から始まる物語が大流行していたらしい。 神々が娯楽のためだけに世界を創造し、下位世界の人々は彼らが定めた運命に右往左往する。 彼らの暇つぶしのためにどれだけの人間が消費されているのだろうか。 考えただけで眩暈がした。
「しかし前途多難だな」
スイレンのような強敵が出現するイベントはこれからも数多く登場するが、それまでのルートが比較的緩やかだったり、簡単に回避できることが多い。
しかし今回はどうだ。 誘拐犯は自分から行ったのでいいとして、奇病、スイレンと難所が立て続けに起こった。 しかも両方とも回避不可。
「こんなに難しいルートは初めてだ」
やはりオズワルドの婚約者を交代する作戦は間違っているのだろうか。 そう思わざるを得ない難しさを感じていた。
「ねえソフィーナ。それなんだけど」 「うん?」 「ずっと前のループで、私にレイラの死亡イベントをまとめたものを見せてくれたときのこと、覚えてる?」 「ああ。だいぶ前だな」
出会った直後、ノーラに主要なお姉様の死亡イベント集を見せたことがあった。
「あの時、何か違和感あるねって言ったんだけど」 「言っていたな。それがどうした?」 「その違和感が何なのか、分かったかも」