最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#95 第三十話「良い影響」


 トゥルーエンド。  主要キャラクター全員が幸せになるという夢のようなシナリオ。

 それを達成するための条件は二つ。  一、難易度の高いイベントを攻略すること。  二、敵対勢力の、敵対理由だけを排除すること。

 たったこれだけだが、その難易度は想像を絶する。  一に関してはまだいい。  おおよそのイベントの難易度も、発生条件もこれまでのループで把握している。  今までは避けてきたそれらのイベントを、あえて起こすように動いていけばいい。

 問題は二の「敵対勢力の理由だけを排除すること」だ。  お姉様の敵となる人物には敵対する理由がある。

 お姉様を妬んでいるあの令嬢とか。  お姉様を利用しようとしたあの使用人とか。  お姉様を殺そうとするあの暗殺者とか。

 彼、あるいは彼女らがお姉様を害そうとする理由そのものを滅し、敵として機能させなくする。  それがトゥルーエンドのための条件で、他の排除方法ではフラグは立たない。

 例えば追放。  例えば殺害。

 これらの方法でイベントを攻略してしまうと先へは進めるが、トゥルーエンドの道は閉ざされてしまう。  セーブ能力によりイベントをすべてリセット――という手は取れなくなっているため、より慎重にシナリオを進めていく必要がある。

 お姉様の幸せのために、他の多くの人間の幸せのために動く。  それはまあいいんだが……。

(コイツも幸せにしないといけないのか)

 私は胡乱な目で見舞いに来た婚約者を見やった。

「どうしたんだソフィーナ、浮かない顔をして。この僕が来たんだからもっと喜ぶべきだろう!?」 「オズワルド殿下、ソフィーナお嬢様はまだ病み上がりですぞ」 「知らないのかオー爺。女は好きな男が目の前に来たら一瞬で元気になるんだぞ!」

 部屋の中でぎゃあぎゃあと騒ぐオズワルド。  体調的にはもう何の問題もなかったはずなのだが、こいつの脳天気な顔を見ていると逆に悪化してきた気がする。

 吐き気を抑えつつ、私は笑顔の仮面を装着する。

「ありがとうございますオズワルドさま。すっごく元気をもらいました!」 「そうだろうそうだろう!」

 えへんと威張るオズワルド。  ……早く帰ってくれないかな。

 そんなことを考えていると、部屋の扉が開いた。  入ってきたのはお姉様だ。

「オズワルド! ソフィーナはまだ体調が万全じゃないのよ! そんなに騒がしくしたら身体に障るでしょう!?」 「げっ、レイラ!?」

 お姉様の顔を見るなり、オズワルドは呻いた。  お姉様はオズワルドの元にずんずんと近づき、彼の手首を掴む。

「面会はもう終わり! 下に行くわよ」 「制限時間があるなんて聞いてないぞ!?」 「いま私が作ったわ」 「理不尽だぁ!」

 ずるずると引きずられていくオズワルド。  彼の好感度を維持するには引き留めた方がいいが、今だけはお姉様の気遣いがありがたい。  素直に甘えることにした。

 取り残された格好になったオー爺が、よっこいしょと席を立つ。

「殿下が行ってしまったことですし、ワシもそろそろおいとまするとします」 「わざわざ来て下さってありがとうございます」

 ベッドの上からではあるが、私は深く頭を下げた。  オー爺はこれからお姉様の家庭教師という役をしてもらうことになる。  つまりはお姉様の味方だ。  スイレンの件でも助けてもらったし、礼は尽くしておこう。

「ソフィーナお嬢様。お暇する前にひとつ伺ってもいいですかな」 「はい。何でしょうか」 「あの時のことです」 「……」

 あの時、とは私がスイレンに魔法を放った場面だ。  魔法は特殊技法だ。  魔力の知覚や精霊への敬意など覚えることは数多くあり、それらを飛ばして使うことはできない。  稀に精霊に愛されるような血筋も存在してはいるものの、私はそうではない。  呪文と魔力を通し、精霊に願う。

 その一連の動作を、魔法を習っていないはずの子供がやってみせた。  言わずにいればそのまま流してもらえるかと思ったが、さすがに無理か。

「どこであんな魔法を覚えたのですか」 「信じてもらえないかもしれませんけど、聞いてもらえますか?」

 長く人生をループしていて、その過程で覚えました。  言ってもいいが、たぶん信じてはくれないだろう。

 どうせ真実を言えないのだから、それらしい嘘で飾ることにした。

 私が話した内容はこうだ。  『物心つく前に不思議な人物に出会い、魔法を使えるようにしてもらった』  修行も何もせず、ある日、唐突に。  それ以上のことは何を聞かれても「小さい頃のことなので覚えていない」と言い張る。

 穴があるというより、穴しかないような苦しい言い訳だ。  しかし幼年期というのは細かな説明を求められることがあまりない。

 案の定、オー爺は難しい顔をしている。  まるっきり信じていない顔だが、信じる以外に私が魔法を使える理由を説明できない――といったところだ。

「……………………」 「メイドさんに話したときは笑われたんですけど、信じてもらえますか?」 「にわかには信じがたいことですが、現にお嬢様が魔法を使うところを見てしまっておりますからなぁ」

 オー爺は頭を掻いた。  決して納得はしていないだろうが、私をこれ以上突ついても真相が分からないので諦めたようだ。

「レイラお嬢様もそうですが、もしかしたらイグマリート家は精霊に愛される血筋なのかもしれませんな。それに出会った人物が伝承にある魔女という可能性もあります」

 ありえない現象を目の前にすると人間はその穴を補強するよう勝手に想像力が働く。  オー爺もそれに倣い、私の穴ぼこだらけの言い訳を勝手に埋め立ててくれた。

「そうかもしれませんね」

 適当に相槌を打って誤魔化す。

「ということは、ソフィーナお嬢様は魔法は使えるものの、あまり詳しくないということでしょうか」 「本で読んだり、お姉様の授業風景をちらっと見ていたくらいです」 「なら、今回のようなことが起こらぬよう魔法についてしっかりと学ばなければなりません」

 魔法は使い方を間違えると自らを危険に晒す可能性を孕んでいる。  オー爺の提案はもっともだが……。

「たぶん、お母様が許してくださらないと思います」

 正規のルートでお姉様が魔法の才能を開花することはなかった。  それはひとえに母が魔法を軽んじていたためだ。

 ――王子の婚約者なのだから、そんなモノは覚えなくていいでしょう?

 その一点張りだった。  結局、お姉様が魔法を学べる時期は遅れに遅れた。

 いまオズワルドの婚約者は私なので、同じように「覚える必要はない」で一蹴されるだろう。

「それはなりません。制御方法を学ばなくてはいずれ身を滅ぼしますぞ」 「でしたらオー爺さま。こっそり私に魔法を教えてくださいませんか?」

 属性が違う人間に魔法を教えることはできないが、基礎となる魔力制御の部分は共通している。

「オズワルドさまと一緒に裏庭へ行きます。その時に魔力操作を教えてください」

 王宮に行けば母の目は届かなくなる。  オズワルドがうっかり口を滑らせるかもしれないが、母との接点はないに等しい。  この方法ならうまく誤魔化せるだろう。

 魔法に関して人から学べることはもうないとは思っていたが……オー爺の持つ技術には純粋に興味がある。  少しでも彼に教えを請えば、新しい技術を掴めるかもしれない。

 そんな期待を抱きつつ、私は頭を下げた。

「……仕方ありませんな。ここまで首を突っ込んでしまったのですから」 「ありがとうございます」

 ――こうして、私はオー爺という師を得た。

 ▼

 後日。  私が寝込んだりスイレンが急に辞めたりでお姉様の魔法の授業はしばらく中断していたが、今日から再開することになった。

「それではレイラお嬢様、改めてよろしくお願いします」 「よろしくお願いします」

 お姉様は突然いなくなったスイレンにかつてのミレイユを重ねてショックを受けていたが、学ぶ意欲は衰えていない。  オー爺が他ならぬスイレンの推薦ということもあるだろう。

『かの老人は魔法の達人です。彼ならばレイラお嬢様をさらなる高みに連れて行ってくれると確信しています』

 スイレンがお姉様に宛てた手紙には、そんなことが書かれていた。

「これからお嬢様に課す課題は少々辛いものになりますが、宜しいですかな?」 「もちろんです。魔法のためならどんなことでも耐えてみせます!」 「ふむ。いい覚悟です」

 気合いたっぷりのお姉様に、オー爺は白い髭に隠れた口の端を「にっ」と持ち上げた。

「では、課題内容を伝えます」 「はいっ」 「これから三年間、魔法の使用を禁じます」 「はい! ………………………………えっ?」

 お姉様の目から、光が消えた。

 ▼

「うぅ……」

 テーブルの上に項垂れるお姉様。  長くて綺麗な青髪が、まるで滝のように落ちる涙のように見えた。

 魔法の使用禁止。

 魔法が私の次に好きなお姉様にとって、これほど辛い修行はないだろう。

 しかし才能を守るという観点で見ればオー爺の判断は正しい。  今のお姉様は際限なく伸びていく魔法に、身体の成長が全くついて行っていない状態だ。  足並みを合わせるためにも必要な措置だ。

「お姉様」 「ソフィーナぁ」

 お姉様の方から手を広げて抱擁を要求してくる。  どうやら、オー爺の課題にかなり参っているようだ。

「辛いでしょうけど頑張ってください。応援してますから」 「……うん。頑張るわ」

 少し落ち着いたのか、お姉様は私から離れて笑みを作った。

「けど、挫けそうになったらまたこうしてもいい?」 「……」 「ソフィーナ?」 「あ、いえ。私の胸でしたらいつでも貸しますから、安心してください!」 「ふふ。ありがと」

 ――長いシナリオを通して、初めてお姉様に頼られた。  オズワルドの婚約者ルートでは、どんなに辛くとも決して私に頼ろうとはしてこなかったのに。

 今回のルートを選んだことで、お姉様が「公爵令嬢だから」「王子の婚約者だから」と重圧を感じなくなったおかげかもしれない。  何にせよ、良い影響が出ている。

 多少の苦労はあったが、やはりこのルートに変更して良かった。