最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#96 第三十一話「振り返りと決意」


「さて」

 夜になり、私は自室でひとり思考にふけることにした。  引き出しの中から数枚の紙を取り出し、ペンにインクを付けてニホンゴで現状を書き出していく。

「まずはこれまでに起きたこと」

・五~八歳の間に起きた大きなイベント

 「誘拐」  「奇病」  「家庭教師」

 誘拐は「起きた」というより「起こした」イベントだが、一応入れておいた。  シナリオをやり直すきっかけとなったオズワルドとの関係は良好。信頼も得ている。  地頭がいいので、やる気の出し方にさえ気を付ければ学ばせること自体はそこまで難しくはない。

 性格の矯正はこれから徐々にかけていくこととする。

・お姉様の身に起きた死亡イベント  奇病、魔物の襲撃、家庭教師の三つ。  スイレンはともかく、他のイベントはしっかりと後腐れなく終われている。  魔物の襲撃が偶然か人為的かが少し気になるが……セーブポイントが更新されて戻れないため、もう調べようがない。

・私を中心とした人間関係  父と母はとりあえず良好。  母からもう少しゴチャゴチャ言われるかと思ったが、気持ち悪いくらいに優しくされている。  絶対に文句を言われないよう抜群の成績を収めているおかげだろう。

「使用人は……どうするかな」

 以前のシナリオでは根も葉もない噂を垂れ流すメイドがオズワルドの女性関係を邪推し、お姉様を疑心暗鬼にするイベントがあった。  いつもクビにしていたが、私にそういった話は効かないので今回からはそこまでしなくてもいいかもしれない。  口さえ閉じていれば優秀なメイドなので、ここは少し迷いどころだ。

・お姉様の状態  健康状態、精神状態ともに良好。  魔法に関しては危うい状態ではあるが、使用禁止令が出ているので良い方向へ向かってくれるだろう。

 父と母の関係も今のところは問題なし。  若干、母からの嫌味が気になるものの許容範囲内だろう。  これで焦って母を排除すれば、それはそれで不安定になる。  家族関係は実に複雑だ。

 アレックスとの関係は以前より良くなっている。  オズワルドの婚約者でなくなったこと、そしてお泊まりイベントを介して親しくなる素地はできている。  アレックスのヘタレさえどうにかすれば、早い段階で婚約までこぎ着けられるかもしれない。

・ノーラについて  紆余曲折あったものの、味方として献身的に協力してくれている。  今後、彼女に頼るイベントも増えるだろう。

・その他のフラグなど  現状、致命的な選択のミスはしていない……はず。  断言できないのは今回のシナリオがまだ未知数なためだ。  気付かない間にとんでもないミスをしていたら――と考えると怖い。

「そういえば、あの選択肢は何だったんだろうな」

 奇病の原因となったスライムを捕まえたときの『サンプルとして提出しますか?』という選択肢。  たぶん生け捕りにして疫病研究施設に出すかどうかという選択肢だと思うが、この国で疫病が流行る未来は今のところない。  散々お姉様を苦しめたという憎しみを込めて毎回煮沸しているが、結局あれがどういう意味を持つ選択肢なのかは分からず終いだ。

「関係しそうなイベントが起きてからやり直せばいい」と考えていたが、まさかやり直せなくなるとは。  『はい』を選ぶことが必須の未来が来ないことを祈るばかりだ。

「こんなところか?」

 見落としがないかを確認してから、ページをめくる。  次のページから書き記すのは、これからのことについてだ。

 ▼

 お姉様が学園に入学するまで、大きなイベントは起こらない。  ここからの三年は、いわば準備期間だ。

 その間にやるべきことをもう一度確認しておく。

 一、イグマリート家の力を増大させること。  二、父の不貞を暴くこと。  三、学園に入学したとき、味方になってくれる者のリストアップ。

 今の私が一を大々的に行うことはできない。  二で父を服従させるまでは準備に留めておき、それから一気に仕掛ける。

 三は未知な部分が多い。  シナリオが変われば敵味方も変わる。  色眼鏡で見ず、一人ずつ調べ直すくらい慎重になってもいいかもしれない。

 上記に加えてオズワルドの教育と、お姉様がやっていた花嫁修業も並行していかなければ。

「あとは……杖の部品も忘れずに買っておかないとな」

 将来私が使うことになる杖はひとつひとつの部品を吟味して組み上げた特注品だ。  あれがないと使えない魔法も多い。

 敵を殺さないという縛りのあるトゥルーエンドだが、心の平穏を保つためにも戦闘力は今まで通り保持しておきたい。

 私専用の杖を組むためにはこの段階から準備しておかなければならない。

 特に大事なのが露天商で買える宝玉だ。  あれは時期を逃すと二度と手に入らなくなる。

 何度か買い逃して泣く泣く戻る羽目になった過去もあるので、忘れないよう書き記しておく。

「次、セーブ能力について」

 セーブ能力。  便利な能力というのは疑いようがない。  既に通過したイベントに注意を払う必要がなくなるため、より後半のイベントに集中できる。  ただ、一度セーブされてしまうとその時点より前に戻れなくなるという大きすぎる欠点も持っている。

 慎重にセーブポイントを選びたいところだが……発動条件がはっきり分からない。  ノーラと手が触れると発動するのかと思ったが、違っていた。  そもそも以前から手くらい何度も触れている。

 今のところ有力なのは「特定の期間を過ぎるとセーブポイントが更新される」だ。  ゲームの話になるが、前作は任意の場所でセーブできる+ある期間を過ぎると自動でセーブされるという仕様だったらしい。

 ある期間とは、ゲームで言うところの『章』の区切りだ。  奇しくも今はお姉様とノーラの年齢が十になったところで、かつイベントが一段落する時期。  区切りにされていてもおかしくはない。

 任意のセーブ方法もあると思って色々試しているが、今のところ発見には至っていない。  思いもよらぬ方法でセーブできるのか、それとも今作は自動セーブしかないのか。

 今後も継続して試していきたい。

「最後。トゥルーエンドについて」

 達成条件のひとつ『難易度の高いイベントを選択する』。  これについてはいくつか該当するイベントの予想ができる。

 何度やり直してもクリアできず、発生を避けたものを羅列していく。

「『入学式』と『舞踏会』は絶対に来るだろうな。あとは『交流会』や『演劇』……」

 一年目だけでも頭の痛くなるイベントばかりだ。  ノーラ曰く、トゥルーエンドは専用のイベントも発生するという。  もちろんどれも難易度は極悪。  スイレンなんかはその最たる例だろう。

 本当にクリアできるのか……?

「できるかどうかじゃない、やるんだ」

 弱気になりそうな自分を追い払い、私は頬を叩いた。

「すべてはお姉様の――」

 自分を奮い立たせようとして、ふと言い淀む。  全員がハッピーエンドになるというのなら。

 ノーラが言っていたように。  お姉様が願ってくれたように。

 ……私も、幸せになっていいんだろうか。

「欲張るな」

 ぺちん、ともう一度頬を叩く。  私はあくまでモブキャラだ。

 登場人物全員が幸せになるトゥルーエンドであっても、その中に私は含まれていない。

 私は今まで通り、お姉様の幸せだけを目標にすればいい。

「攻略してやるぞ、トゥルーエンド!」

 決意を新たにしてから、私はノートを閉じた。