私ことソフィーナ・イグマリートは十歳になった。 それを祝し、盛大なパーティが催された。
「皆様、本日は我が愛娘ソフィーナの生誕を祝した会にお集まりいただき、誠にありがとうございます」
父に連れられ、私は壇上で軽くスカートの裾を上げた。 これは貴族特有の、自らの権力を誇示するものであり、決して私の誕生日を祝うものではない。
父が本当に私を愛娘と言うのなら、オズワルドの婚約者ではない時もこうしてパーティを開いてくれていたはずだ。 だが実際はどうだ。 出来損ない時代は完全に忘れられ、そこそこできるようになった時代では繋がりを持ちたい貴族が現れた時だけパーティを開いていた。 いかなる時でも私の誕生日を祝ってくれたのは、毎年毎年欠かさずにプレゼントを用意してくれたのは、お姉様だけだった。
……つまりはそういうことだ。 それを残念に思ったことがないと言えば噓になるが、今はもう何の感慨も沸かない。
「こんな素敵な会を開いてくださったお父様、お母様、本当にありがとうございます! 私は幸せです」
思ってもいないことを言う父に合わせ、私も思ってもいないことを言う。 父が私を利用しているように、私も父を利用する。 私たちはそういう親子関係でいい。
「おめでとうソフィーナ」 「—―ありがとうございます。お姉様!」
お姉様に降りかかる災厄をすべて取り払い、幸せな結末を迎えるまで。 私はこの人生を繰り返していく。
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誕生日会のあった次の週。 オズワルドとの勉強会を終えた私は、家に戻らず城下町へと向かった。 いつもの橋の下に行くと、一人の少女が佇んでいる。
ふわふわしたセミロングの茶髪と、見栄えよりも機能性を重視した洋服。 どこからどう見てもザ・平民といった風貌だが、顔立ちは平民離れしていた。 こちらに気付いていないのか、目の前をちょろちょろと流れる水をじぃっと眺めている。
「ノーラ」 「ソフィーナ!」
私に気付くと、ぱぁ、と花開くような笑みを向けてくれる。 今のままでも「実はやんごとなき血筋が通っていまして……」と言って信じてもらえるレベルだ。 これまで数多く出会ってきた人物の中でも、トップクラスに顔立ちが整っている。 さすがはヒロイン、といったところか。
(まあ、お姉様ほどじゃないがな)
「久しぶりだね」 「前会ってから三週間しか経ってないだろ」 「三週間も、だよ」
年齢が上がるにつれ、私の自由時間は少なくなっていた。 通常の貴族が学ぶ範囲に加え、王族の妻としての立ち振る舞いなどの練習もある。 それらに圧迫されるように、ノーラと会う頻度は減っていた。
ノーラは洋服が汚れないように布を敷いて、そこに持っていた手提げかばんを置いた。 料理が趣味の彼女は、集まるときはいつもお菓子を作ってきてくれる。 それが定例会のお決まりになっていたが、今日は見たこともない大きさだ。
「やけに大きいものを持ってきたな。今日は何を作ってきたんだ?」 「ケーキだよ」
出てきたのは四角い箱だった。 サイズから考えるとホールケーキのようだが……。
「開けてみて」
促されるまま箱の両端を持ち上げると、綺麗なケーキが姿を現した。 彩としてフルーツが等間隔に添えられ、チョコレートの板が中央にでんと乗っている。 そこには、細い何かで文字が記されていた。
『お誕生日おめでとう』
「これは……」 「日は過ぎちゃったけど、お誕生日ケーキだよ」
私の誕生日—―いつも私のスケジュールの関係で前後するが—―に、手の込んだお菓子を作ってくれることはこれまでもあったが、今までで一番豪華だ。 ケーキはもちろんのこと、外箱にもノーラらしい花柄が添えられていて、かなりのこだわりが見え隠れしている。
「いつもより豪華だな」 「誕生日からすごく離れちゃったから、そのぶん豪華にしようと思って」 「……」 「ソフィーナ。お誕生日おめでとう。これからも頑張ろうね」
お菓子を豪華にする。 たったそれだけだが、その心づかいが私にはとても嬉しかった。 ……照れくさいのでそれを正直に言ったりはしないが。
「気持ちはありがたいけど、食べにくくないか?」
案の定、あまり喜んでいないような微妙な声音になってしまう。 ノーラは特に気にした様子もなく、そう言われるのを待っていたかのように胸を張った。
「大丈夫! ちゃんとフォークもお皿も用意してるから! あと紅茶もあるよ!」 「喫茶店でもできそうだな」
ノーラ。 ありがとう。
これを素直に言える日は来るだろうか――なんて考えつつ、私は切り分けられたケーキを口に運んだ。 言うまでもなく、絶品だった。
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実を言うと、私の誕生パーティにノーラを招待しようと画策していた。 父に頼んでみたのだが「平民ごときが来たら家の品格を疑われてしまう」と一蹴されてしまった。
十歳になったとはいえ私はまだ子供。 家という狭い範囲ですら、自由にすることは叶わない。 しかし、それもあと一年ほどの我慢だ。
(次に起こすのは、浮気発覚イベント)
これをネタに父を脅し、イグマリート家の実権を私が握る。 お姉様が学園に入学する前の、最後の大イベントだ。
木を剪定する庭師を呼びつけ、父が何事か言っている。 たぶん木の切り方がどうこうとか難癖をつけているんだろう。 それを自室から見下ろしながら、私は唇の端を歪めた。
「あと一年。その間はせいぜい威張ってろ」